LsG 終章【創作】
蛍月が世界渡りの力を使い、プリズムの門を通る。
断絶された世界に、リラエムがいた。
生きているのか判断出来ないほど、リラエムは動かない。その世界は、まるで彼女のために用意された棺桶のように暗く、何も無かった。
ただ、青い紋様の刻まれた球がいくつか転がっているだけだ。
「あなたが、リラエムさんですか?」
蛍月がヴェレから受け継いだ、ガルトの記憶。
テセラが特に懐いていた、黄金の瞳を持つ守護者。
「……」
目の前に現れた蛍月に驚きもせず、彼女は何も言わない。
「ここから出ましょう」
「あなたに、迎えに行って欲しい子が居るんです」
リラエムが瞳を開く。
美しい黒い瞳の中に、黄金の円環が残酷なまでに煌めいている。
「世界の崩壊は、テセラさんが原因です」
リラエムが、ゆっくりと顔を上げる。
「ガルトさんがナイカーという男に騙され、完成させた【Core】と呼ばれる装置によって、彼女は人でなくなりました」
蛍月は、ガルトの持っていたテセラに関する記憶から得た情報を、リラエムへ伝えていく。
「テセラさんは、世界の境界を越え、様々な現象として【永遠】を振りまく存在となったんです」
「ガルトさんが、テセラさんを救う道具を作成しています」
彼ならば、きっと完成させているはずだ。
「そして、各世界に散らばったテセラさんの【断片】が、門を通った方々を通して集結しつつあります」
リラエムは蛍月の説明を聞いていたが、再び俯く。
「……テ…セラ様」
リラエムが口を開く、いったいどれだけの間、声を発していないのだろう。
食事も、睡眠も、人間としての活動を必要としないその肉体で、ただ闇の中で何を思っていたのか。
「わ…たし…は、もう……」
―――
私には、もうなにもできない。
これまでも、何も守れてなんかいない。
ラヴィラドに従い、永遠の残滓を取引した。
テセラ様が襲われた時、守りきれず倒れた。
それどころか、あの方に永遠の力を使わせてしまったのだ。
マレーナ様が亡くなられた時も、慰みの言葉一つかけることができなかった。
結果的に、テセラ様はご自身の力を呪われてしまった。
私がテセラ様に出来ることは、最初から何一つ無かったのだ。
「テセラさんが、あなたを待ってる」
蛍月の言葉に、リラエムは唇を噛む。
「私は、もう立ち上がることもできません」
「それを聞いて安心しました。あなたが、テセラさんと共に在りたいと望むのなら」
蛍月が手のひらをリラエムへ差し出した。
彼女が共に世界を旅し、互いに居場所を見出した、魔女から受け継いだ魔法『Prētium Absolūtum』
溢れ出したエメラルド色の光が、絶望と停滞に沈むリラエムを、優しく包み込む。
「あなたに【再び立ち上がる勇気】を与えます」
リラエムが蛍月の手を取る。
「その代わりに、あなたの瞳に宿る【永遠】を徴収します」
蛍月を見つめるリラエムの瞳から、黄金の円環が解き放たれる。
エメラルドと黄金、二つの光が編み上げられ、夜空に広がる極光のように色を波立たせる。
世界へ溶けていく黄金の光を、蛍月は見上げる。
「永遠が私に宿ることはない。あれはテセラさんが願った、リラエムさんへの贈り物。私には、必要のないものだから」
蛍月の手を取ったリラエムが立ち上がる。
「お願いします。テセラ様のもとへ、私を連れていって下さい」
魔女のツノが白く輝き、景色が分割され、折り重なるように結晶が環をかたどる。
再び開いた門へ、二人の姿が消えていった。
***
シルが、ガルトから託された【reCore】を見つめる。
「テセラちゃんは、まだこの世界にいるの?」
シルの問いに、蛍月は静かに頷く。
「あそこ」
ファルムが上を見上げる。
崩壊した天井の先、講堂の上階は円形の広間になっており、天窓からどこまでも続く闇が見える。
闇の中に、建物のどこからか伸びる塔が覗く。
――テセラの部屋だ。
ガルトの記憶で見た教会本部の建物とは位置が大きく異なるが、外観は一致する。
「きっとあそこだ」
デプラがファルムの隣に立つ。
「みなさんには、テセラさんを救うために協力して欲しいんです」
蛍月は、テセラの影に自分を見ていた。闇の中で閉じ込められ、叫ぼうとも誰にも届くことはない。
彼女を救うことは、かつての自分を救うことだった。
「協力するよ、蛍月さん」
シアリスが力強く声を上げる。
「騙されて、意思を奪われ、泣くことも出来ないなんて……」
彼女の触手が、複雑な感情を表すように揺れる。
「見つけて、もう絶対一人になんてしないから」
「ほら! はやく行こう!」
シルが既に講堂の入り口に立ち、こちらへ手を振っている。
「「まったく……」」
アリシアとユールの声が重なる。二人は見合うと、困ったように笑う。
「シルはずっとああなの?」
ユールが、揺れるシルの赤い髪を眺める。
「うん、ああなの」
アリシアはシルを追って歩き始める。
「ファルムさん」
ルクシアが声をかける。
「シアリスから聞いたわ、あなたの力で娘の命は救われた。……本当にありがとう」
「良いの、私の血が誰かを助けられるなんて、ずっと信じることが出来なかったから」
感謝し続けるルクシアの姿を、デプラは見つめていた。
子を想う、母親の姿を。
「デプラさん」
蛍月の声に、デプラは振り向いた。
「私は、あなたの母親に会いました」
正気を失った女性、血に溺れ家族を失った母親、ヴェレが時間を奪い取った人物。
彼女はもういないだろう。それを謝る権利を、蛍月は持たない。ただ、彼女の謝罪を伝える。
「彼女は、あなたに謝っていました」
デプラは、かつて自身の母親だった彼女を思い出す。
確かに愛されていた。
彼女の弱さ、己の無知、だが何を悔いれば良いのかも分からない。
知っていれば抗いようのない天使の血、貧しくも一人で息子を育てる必要があった中で、誰を優先したのか。
無垢な天使から搾取し、家族を騙してでも、息子を育てるためのお金を得ようとしたのか。
デプラが天使の価値を知っていれば、母親と共に堕ちることが出来たのか。
ファルムと出会わなければ、何も変わらなかったのか。身体を壊すほど働く母親と、森で一人きりの少年、そんな生活はいつまで続けられたのだろうか。
「伝えてくれて、ありがとう」
デプラは礼を言うと、講堂の出入り口へ向かう。
母親から受けた、愛こそが永遠だ。
今度は自分が、それを愛する者へ伝える。
***
塔を目指し、教会本部を進む。
殿を務めるルクシアとリラエムは、警戒を続けながらも、何か話し込んでいる。
「何を書いてるの?」
ファルムが、ユールの手帳を覗き込む。
「…この世界で見たもの、出会った人のこと」
ファルムのはねた髪が触れ、ユールは照れたように彼女から目を逸らし、手帳の書き込みを続ける。
「……ファルム…さん、あなたの話を聞かせてくれませんか?」
ユールの言葉に、ファルムは少しの間考える。
「私、デプラと出会った世界には門を通って落ちてきたの。それよりも前のことは、覚えてない」
ファルムの視線は、前を歩くデプラの背を見つめていた。
「でも、それはいいの」
ファルムがユールへ微笑む。青い瞳に、吸い込まれるような感覚を覚える。
「過去の私がどうあっても、今の私は、デプラと一緒にいたい。そして、一緒にいるから」
ユールはペンを走らせる。
失われた過去、それを取り戻せば何かが変わるのか。思い出すことが、必ずしも幸福だと言えるのか。
――僕は、思い出したいのだろうか。
***
塔に辿り着き、扉の先に広がっていたのは、歪みによって押し広げられた少女の部屋。
歪みは空間をねじ切り、開いた隙間は門の闇が覗く。
中央に浮かぶ巨大な物体。
無機質な機械部品が心臓のように生々しく脈打つ。
――願いの器。
『【reCore】を起動し、ここにいる全員の持つ【断片】を注ぐことで、テセラコアの再構築を行います』
ガルトの作成した【reCore】には、シルのリソースキューブが使用されている。
リソースキューブは使用者の意思を反映し、感情に大きく影響を受ける。
「はじめよう」
シルの声に、【reCore】が起動する。
ガルトがテセラへ作った星の贈り物、その光が鼓動を刻む、願いの器を照らし出す。
―――
シアリスとファルムが、一歩前へ出る。
願いの器へ、手をかざす。
シアリス――厄災による変異、機関による実験が彼女の肉体を永遠にした。
特異体として構成員に追われる日々の中、門によって孤児となった子どもたちを保護し続けた。
機関の者であっても、決して命を奪うことはせず、最大厄災時には救いさえした。
アリシアの姉であること、それが彼女の望み。
シアリスの断片が、コアへ注がれる。
色のない世界に、桃色の光――色彩が加えられる。
その断片は、【肉体】と【恐れ】。
「あなたはまた、これから先もその身体で愛を受け取る。恐れは安心を生み、あなたを守ってくれる」
ファルム――願いの器による崩壊に巻き込まれた一人の少女が、天使として生まれ変わった。
テセラの存在が、ファルムとしての生を与えた。
翼を剥がれ血を奪われ、搾取され続ける中でも、瞳の光を失うことはなかった。
繋がりを保つために贈った血のペンダントが、同じく永遠を宿すシアリスの肉体を再生させた。
デプラを自分のものにすること、それが彼女の抱いた欲望。
ファルムの断片が、器へ注がれる。
崩壊した世界を、青色の光――意思が照らす。
その断片は、【血】と【喜び】。
「生きること、誰かと出会うこと。その殆どは苦しいけれど、ひとつの喜びがあなたを前へ向かせてくれる」
願いの器が、少女の姿を型取りはじめた。
―――
デプラとアリシアが、一歩前へ出る。
テセラコアへ、その手をかざす。
デプラ――天使の血が永遠をもたらす社会、無知ゆえに、天使と家族になった少年。
その心は復讐に曇ることなく、大切なものを見つけ出した。
天使との出会いで愛を知り、誰かに与えることで初めて、母親からの愛を理解した。
ファルムを取り戻すこと、それが彼の抱きしめた想い。
デプラの断片が、人型へ注がれる。
心を失った人形へ、白く純粋な灯火が与えられる。
その断片は、【愛】と【依存】。
「多くの人が愛に飢え、手にしたものに依存する。一度与えられた愛は互いの孤独を癒し、決して失うことはなく、別の誰かへ贈ることができる」
アリシア――厄災によって孤児となり、機関に騙され、盲目的に従い兵士となった少女。
姉を想い続け、誰かを助ける術を得ると、親友の献身により自らの弱さを知った。
首輪を外し、再会を果たした明星は夜空を舞う。
姉を守ること、それが彼女の目指した姿。
アリシアの断片が、少女の輪郭へ注がれる。
意思を放棄した小さな身体へ、水色の輝き――立ち上がる力をもたらす。
その断片は、【絆】と【成長】。
「一人では、成長に限界がある……。他者の存在が、自己を省みる事を可能にする。家族や大切な友人が、あなたを形成していく」
少女の輪郭が実態を伴い、その髪が揺れた。
―――
蛍月とシルが、一歩前へ出る。
目覚めぬ少女、その手を握る。
蛍月――門を創り出し世界を渡る種族、その力ゆえに人間から隠れ住んでいた、盲目の少女。
ヴェレ・ルミエラとの出会いが、彼女に居場所を与えた。
光を見つけた少女は、魔女となって旅を続ける。
世界を知り、色を見ること、ヴェレと共に。
それこそが、彼女の居場所。
蛍月の断片が、無垢なる願いを抱いた少女へ注がれる。エメラルド色の光が質量となって、少女の存在を証明する。
その断片は、【記憶】と【欲望】。
「思い出してください、あなたが誰だったのか。何を愛して、何を求めるのか。欲望は、あなたが進むべき道を教えてくれます」
シル――孤児となり機関に保護され、アリシアと出会った、燃える瞳の少女。
バディとしてアリシアを支え、彼女が姉と再会するために尽力した。
常に一歩後ろで想い続けた少女は、自身の本当の願いを自覚し、前を向いて歩み続けた。
アリシアと一緒にいたい、それだけが、彼女の願い。
シルの断片が、光を信じた少女へ注がれる。
赤く、熱い炎が、少女の鼓動を呼び覚ます。
その断片は、【怒り】と【選択】。
「起きて! 誰かに決められた運命を、テセラちゃんが受け入れる必要なんてない! 選んだ先にある後悔も、次の選択の力になってくれる」
少女の瞼が微かに開き、その瞳に色彩が反射した。
―――
ユールとリラエムが、一歩前へ出る。
リラエムがテセラの頭を撫で、ユールは鞄から手帳を取り出した。
リラエム――商人ラヴィラドの奴隷として、幼い頃から暗闇に生きていた。
テセラと出会い、誰かに想われることを知った。
囚われ、その光を奪われ続けても尚、忠誠を誓った無垢な少女を想い続けた。
己の無力を嘆きながらも、永遠の枷を手放し、立ち上がる勇気を望んだ。
その瞳には今、かつて翼を与えてくれた、愛する少女が写っている。
リラエムの断片が、朦朧とするテセラへ注がれる。
金色の光が、彼女の瞳に宿る。
その断片は、【痛み】と【開示】。
「テセラ様、あなた様の痛みを一緒に感じることはできません。ですから、話してください。テセラ様は、私と仲良くなりたいと、いろんな話をしてくれました」
リラエムが、テセラの頬に触れ、微笑む。
「私も、仲良くなりたい。私のことを、もっと知ってほしいです」
ユール――ミレルとして飼われ、道具として感情を奪われた、夕焼けの瞳を持つ少年。
記憶を失い、記録することで自己を証明しようとしていた。
テセラコアによって齎された現象、その被害を受けた者たちの記録が、彼の手帳に集められた。
ユールが手帳を開くと、書き留められた紙片が淡く輝く。
ユールの集めた断片が、祈り続けた少女へ注がれる。
手帳から舞い上がった銀色の光が、願いの器の罪を告白する。
その断片は、【雨殻の記録】と【悲しみ】。
「色んな世界に門が現れて、沢山の人が大切なものを失った。君の所為じゃないけれど、彼らの記録を無視することは出来ない」
ユールは手帳を閉じると、その両手で大切に抱え直す。
「僕が伝えるよ」
テセラの口が小さく開き、震えた声を漏らした。
―――
「あ……わ、たし…」
「テセラ様!」
テセラは意識を取り戻した。
願いの器――テセラコアが齎した災厄は、テセラの意思ではない。
だが、彼女はその小さな身体に、責任を感じていた。
ルクシアが、テセラへ近づく。
震える少女の手に、赤い糸が通された星を渡す。
「こ…れ」
ルクシア――門の厄災で家族を引き裂かれ、四肢の半分を失った。忘却の雨によって娘たちを忘れ、霧の中に溶けようとしていた。
ガルトに救われ、シルと出会ったことで、大切なものを思い出した。
娘たちに再会し、母親として在りたいと、門を通った。
手渡された星の淡い紫色の光が、柔らかな熱を持って、己を呪った幼い少女の手に伝わる。
その断片は、【赦し】と【涙】。
「忘れていても、ガルトはあなたの事を想っていたわ。元の紐は切れてしまったけれど、彼はあなたの落とし物を大切に持ち続けていた」
テセラの瞳が濡れ、溢れ出した涙を、ルクシアは右手でそっと拭った。
***
永遠を与える力を持つ少女がいた。
人々はその力を恐れ、求めた。
少女は、人間の欲望を容れる器となった。
器から溢れ出した欲望は、永遠の残滓となって、数多の世界へ流れた――少女の断片を伴って。
世界には色が戻り、門は閉じた。
もう天使は現れず、厄災が齎されることもない。
価値の化身、永遠の資源を失った世界は、混乱に陥るだろう。
限られた天使の血は、争いを生み、依存していた者たちは耐え難い絶望を味わう。
厄災のエネルギーに頼っていた都市機能は崩壊し、機関を中心とした多くの者が職を失う。
インフラは停止し、大量の餓死者を生むかもしれない。
残された課題は、これから長く人間が取り組むべきものだ。一人の少女から連なる多く犠牲の上に築かれた繁栄は、失われていく。
彼らの旅は終わった。
旅路の果てで、彼らは少女を救ったが、それ自体が目的ではなかった。
旅人たちは皆、自分自身の欲望を叶えるため、居場所を守るため、存在を証明するために門を通った。
持ち寄られた欠片が少女を形づくり、色彩を加え、光を与えた。
テセラは永遠を手放し、リラエムの手を取る。
「帰りましょう、ガルト様が待っています」
テセラの首に下げられた不恰好な星が、雨上がりの空に光を反射する。
その様子を、ユールが眩しそうに見ていた。
「あれだよ」
ユールの指した先には、小さな工房が建っていた。
テセラは、まだおぼつかない足取りで走り出す。
「待ってください!」
リラエムの声をよそに、ユールがテセラを追って駆け出していた。
工房の扉が勢いよく開かれ、口下手な機械工が振り向く。
二人の小さな影に、ガルトは目を細めた。
「「ただいま!!」」
『GateFragments』
終巻『Luminastained Gate』
——完——
読んでいただき、ありがとうございました。
後日、エピローグを公開する予定です。




