【終幕】
「……」
ルクシアは、大厄災からの日々を思い出していた。
娘たちを見つけ、長い停滞の霧が晴れ、穏やかな日々が続いていた。
「お母さーん」「ルクシアー」
下階から声が聞こえる。
今日は家族全員で、甘いものを食べる冒険に出掛ける予定だった。
部屋から出てゆっくり階段を降りると、娘二人とシルが、並んで待っていた。
「お母さん、その義肢、まだ慣れないの?」
アリシアが心配そうにルクシアを見る。
ルクシアは、ガルトが作成した深い緑色の義肢を外し、一般に普及している物に付け替えていた。
「もう少しかかりそうね」
そう言うと、ルクシアは三人のそばへ歩み寄る。
「あの義肢は特殊だけど、アタシがメンテナンスするから、使っていいんだよ?」
シルの提案に、ルクシアは首を振る。
「あれはガルトからの大切な贈り物だけれど、今は必要ないから」
ルクシアの言葉に、シアリスはニカッと微笑む。
「それに――」
シアリスはルクシアの言葉を続けながら、腰の触手でルクシア、アリシアとシルを抱き寄せる。
「今度は、私たちが抱きしめるから!」
***
穏やかな木々の中、森から出れば、近くにはいくつかの村が点在する。
白い花に導かれた先に、畑と小さな庭のある家。
「お茶を淹れたよ」
デプラが家から顔を出し、庭で土をいじる女性へ声をかける。
「うん、ありがとう」
ファルムは、魔女と取引を行った。
〈ファルムさん、あなたの『デプラさんと共に生きる』という願いを叶えます〉
「あ」
ファルムの手に植物の棘が刺さった。小さな傷口から、赤い血がぷくりと浮かぶ。
〈対価として『天使の永遠性』を徴収します〉
ファルムの血に宿る、テセラコアの永遠は失われた。彼女はこれから、デプラと共に歳をとり、いずれ死を迎える。
背中の傷は残ったままだが、その傷は過去の痛みだけでなく、デプラの抱擁をより強く感じさせてくれる。
「美味しい…」
ファルムが顔を綻ばせ、隣に座るデプラを向く。
「良かった」
デプラは愛おしそうにファルムを見つめると、彼女を自身の胸に引き寄せる。
二人は見つめ合い、確かめ合うように、その唇を重ねた。
***
『もし、彼らに会うことがあったら、二人を手伝ってあげて。あの子たちが、無事に暮らせる場所を見つけられたのか、見届けて欲しいの』
かつてレムナラが口約束で提示した条件は、ヴェレによって叶えられることはなかった。だが、蛍月がヴェレの全てを継承し、世界渡りの力で二人を別の世界へ移動させたことで履行された。
「さあ、次はカヴォルさんを迎えに行かなくちゃ」
蛍月は旅を続ける。
彼女はどこへだって行ける。
全く違う世界を巡るかもしれなければ、門に導かれた彼らの元を、また訪れるかもしれない。
ひとまずは、長く罪を背負い続けた騎士の所へ向かう。
「……」
目を閉じれば、そこにはヴェレ・ルミエラがいる。
いつでも、そばにいる。
***
「ガルト、テセラは?」
ユールが工房へ顔を出し、ガルトへ声をかける。
降り続けた雨が止み、霧が晴れたことで、この世界にまだ人が残っていたことが明らかになった。
リラエムとテセラは彼らの社会で生活を始めた。
だが、ガルトの工房に残ったユールとテセラは頻繁に互いの家を行き来している。
「お帰り、ユール。テセラなら奥の部屋にいるよ」
「分かった、ありがとう」
ユールがガルトへ礼を言うと、奥へ続く扉を開く。
テセラはガルトとリラエムから敬称で呼ばれることを嫌がり、様を付けるのをやめさせた。
「テセラ?」
ユールが部屋へ入りながら声をかけるが、返事はない。
窓辺の机に突っ伏し、静かな寝息を立てていた。
ユールは、そばに掛けていた布を彼女へかけると、向かいの椅子に座る。
「……」
テセラの睫毛を眺めながら、彼もまた瞼を閉じる。
暖かな日差しのもと、机には書きかけの紙片が広げられていた。
***
教会本部が完成し、サウラはテセラへ内部を案内していた。
「テセラ様、こちらが大講堂になります」
サウラに連れられ、テセラは部屋へ入る。
「わあ…」
テセラが大きく感嘆の声を漏らす。
少女の視線は、天井に描かれたいくつもの円に注がれていた。
それは、サウラがテセラへ聞かせた中で、特にテセラが好きだった物語の挿絵だった。
「サウラ!」
テセラが向き直り、その黄金の瞳を輝かせる。
講堂の奥、鮮やかなステンドグラスから降り注ぐ日差しに、少女の白銀の髪が煌めく。
「わたしも、物語を書きたい!」
***
物語は、あなた自身。
幸福も不幸も、愛も誇りも。
痛みも怒りも、あなたの全てが世界になる。
彼らは、あなたが読んでいない時も、書いていないときも、ずっとそばにいてくれる。
物語が終わり、本を閉じても――
彼らは生きて、そこにいた。
『GateFragments』
——完——
この物語を読んでくれて、ありがとうございました。
彼らの旅を愛してくれたのなら、私の人生でこれほど嬉しいことはありません。
きっと生きて、いつかあなたの物語を。




