LsG 第三章【その手を重ねて】
再会を果たした旅人たちの前に現れた巨大な影は、広い講堂の中央に落下すると、どちゃりと音を鳴らす。
落下の衝撃をデプラ、ルクシアとシアリスが近くの者を庇うように受け止める。
「なんだ?」
塊はぬらぬらと蠢き、表面に人の顔や伸ばした手のような凹凸が浮き出ては消えていく。
「こっち!」
ファルムは離れた位置へユールを連れて移動する。
立ち上がるというよりも、盛り上がるように形状が変化し、崩れた天井に届くほどの高さになる。
「変異体?!」
シルがその巨体を見上げる。
「こんな大きさ、見たことない…」
アリシアが驚きつつも、衣服に組み込まれた粒子へ意識を集中させる。
「私がいた世界にも『雨殻』という似たような存在がいた。それも元は人だったけれど、ただ他の人間を襲う化け物よ」
ルクシアが腰に差した刀へ手を添える。
彼らの敵意を察知したのか、変異体が短く震えると、絶叫と共に触手を腕のように振り下ろす。
まるで人間のような叫び声に、デプラが一瞬固まる。
ルクシアが彼の前に立ち、深い緑色をした機械の左腕で、異形の鉄槌を受け止める。
ルクシアの何十倍も太い腕の重みに、彼女の両脚が床を砕き沈む。
「危ない!」
ユールが叫ぶ。
変異体から新たに伸びた箇所が、鞭のようにしなりながらルクシアへ向かっていた。
講堂内の柱や椅子を砕きながら、ルクシアの右半身へ叩きつけられる。
「ぐぅっ!」
彼女は直前に右手で刀を持ち上げ、鞘を間に持たせることで肉体への直撃を防いだ。
「「お母さん!」」
シアリスが飛び出し、吹き飛ばされたルクシアを全身で受け止めると、二人は壁に激突する。
巨大な影の一部が膨らみ、破裂するように大量の変異体を生み出した。
デプラがナイフと身軽な動きで翻弄し、変異体を処理していく。
逃した一体が、ファルムとユールの元へ駆ける。
「ファルム!」
デプラが振り向くと同時に、すり抜けた変異体が背中から倒れた。
ファルムが投げた石の破片が命中したのだ。彼女は力こぶを作るように腕を曲げ、デプラに頷く。
デプラはファルムと出会ったばかりの頃、彼女が木の洞を狙って投げた礫が地面に打ち付けられた光景を思い出し、口元を緩めた。
正面に向き直ったデプラは、再びナイフを握る手に力を込め、彼女を守る戦いへ戻った。
「奴が他の変異体と同じなら、弱点となる核があるはず。キュー、解析手伝って!」
『承知いたしました』
リソースを操作するシルとアリシアの元へ、ルクシアとシアリスが戻った。
「二人とも、大丈夫?」
ルクシアが、自身の負った傷をよそに二人を心配する。
「見つけた!」
シルが目の前の異形を睨みつけながら話す。
「あんなに身体が大きいのに、核は小さい! あの分厚い肉体のせいで、満足にダメージを与えられない」
「私が、あの鎧を断ち切るわ。やれるはず」
ルクシアが刀を見せる。
「けれど、私の攻撃は連続して使えない。もし核を外されたら、次の機会まで時間が要るわ」
「なら核が露出した時に、私がアイツの動きを止めるよ」
シアリスの提案に、シルはアリシアの方へ向く。
「アリシア、露出した核を壊して。それも一撃で、確実にね」
四人は一斉に位置につく。
ルクシアが柄に嵌められた目貫に触れる。
「ガルト、あの子たちを見つけたよ」
鞘の内部が爆発的な高熱を生み出す。
キィィィィィィィィ……ン!
高音が鳴り響くなか、ルクシアの右脚が床にガチリと音を鳴らしながら固定される。
切られた鯉口から、部屋に切り裂くような眩い光が溢れ出す。
「核は中心! さっき破裂した箇所のすぐ上!」
シルの指示に従い、ルクシアは狙いを定める。
ルクシアの一閃。
窓から覗く闇すら切り裂く斬撃が、黒い巨体を上下に別つ。
「ずらされた!」
シルが叫ぶ。視線の先、分かたれた肉塊の隙間に、小さな核が浮かんでいた。
即座にアリシアが狙いを定める。
〈手元にある粒子は僅か、高密度の弾丸で撃ち砕くしかない!〉
再生し、再び核を守ろうとする異形の身体を、シアリスが包むように押さえつける。
「アリシア! 撃って!」
アリシアの脳裏には、シアリスが機関に銃口を向けられ、肉片が飛び散る光景がよぎった。
「…っ!」
彼女の構えた、狙いを定める腕が揺れる。
だが、その震えが止まる。
ルクシアとシル、二人の手が、アリシアの腕に重ねられていた。
一人じゃない。
巨大な影が、高密度の青い光を放つ弾丸に怯える。
もがき、暴れようとするところに、デプラの最後のナイフが飛ぶ。
「撃て!」
核を覆おうと伸びた触手を剥ぎ取り、異形の意識が投擲者の少年へ向く。
「はぁぁぁあ!」
菱形をした水色の弾丸が、閃光の軌跡を描き、変異体の核へ届く。
重なり合った悲鳴のような高音が、小さな核から吹き出る。
黒く濁った塊は崩れ、床に染み入るように消えていった。
「いっちゃった、みたい」
ファルムが消滅を確認したように言う。
「はぁあ…良かった」
シルが床に座り込み、足を伸ばす。
―――
講堂の奥、切り裂かれた壁の先に広がる闇に、プリズムの門が現れる。
「今度は何?」
ユールとファルムが、急いでみんなの元へ集まる。
周囲の景色を反射し、幾重ものガラスが空間を歪め、その中心に二人の女性が現れる。
一人は紺色の髪に、小さなツノが生えている。左腕には赤い紐が結ばれ、先端に小さな鈴が括り付けられている。
その瞳には、エメラルド色の光が蛍火のように揺蕩う。
もう一人、後ろに立つ女性は、薄い真鍮のような色をした短い髪に、美しい黒い瞳をこちらへ向けていた。
「あなたたちは?」
ルクシアが問う。
「私は魔女――名前は蛍月といいます」
蛍月は左手を胸に当て、魔女と名乗る。
「彼女はリラエム、私の同行者です」
カラリとした鈴の音が、静まり返った部屋に響いた。
〈魔女…?〉
ガルトから聞いた名称に、ルクシアとシル、ユールがぴくりと眉を動かす。
「私はあなた方に会うために、ここに来ました」
彼女の身体は、ところどころが半透明な硝子細工のようで、世界に溶けているようだ。
「みなさんと、取引がしたいんです」
蛍月はその足で、真っ直ぐに歩み寄る。
「止まりなさい」
ルクシアが、蛍月の前に立つ。
「ガルトという名を知っている?」
「知っています」
ルクシアの左手が、刀の柄を握りしめる。
「あなたが、ガルトの記憶を奪ったのね」
「待って」
ユールが、ルクシアの義手に手を添える。
「考えてたんだ、もし魔女によってガルトの記憶が奪われていなかったら、ガルトはとっくに雨殻になっていたんじゃないか」
ユールがルクシアの瞳を見つめる。
「僕やルクシア、シルがあの世界でガルトに会って、雨宿りすることも出来なかったんじゃないかって…」
ユールが、その夕焼けを閉じ込めた瞳で蛍月を見る。
「ねぇ、なぜガルトにとって大切な人の記憶を奪ったの?」
少しの沈黙、魔女は考えるように、指先で自身の唇に触れる。
ユールを見つめる、リラエムと呼ばれた女性の瞳が、なぜだか揺れているように見えた。
「…きっと、みなさんにその記憶を届けるためだと思います」
〈変異してからの記憶、感じた気持ちは朧げで、不確かだけど――〉
蛍月は一度、瞳を閉じる。
「みなさんにお渡しします――いまだ数多の世界に発生し続ける門、その成り立ちと、ある少女の記憶を」
全員が息を呑む。
ここにいる全ての人間が、門から齎された現象によって翻弄され、何かを失っている。
なぜ、どうして――
その理由を、知りたくないはずが無かった。
「この魔法は取引ですから。その代わり――」
蛍月が言葉を切る。
エメラルド色の光が、彼女の身体から蛍のように舞い上がる。
「みなさんの名前を教えて下さい、そして」
小さな光が、暗い部屋を温かに照らす。
「ここ以外のどこかでまた会った時、あなた達のこれまでの旅路で見た色を、景色を――」
「物語を、聞かせて下さい」




