LsG 第二章【巡り会うこと】
「私たちはそれぞれの世界で門へと落ちて、ここに辿り着いたってことか…」
シアリスが胡座をかいて前のめりになる。
四人は互いに名前を名乗ると、現状を把握するため、情報を共有していた。
「ありがとう…あなた達のおかげで、おねえ…姉を救うことが出来た」
アリシアからのお礼に、ファルムは笑顔で頷く。
「そのペンダント、中身が空になってる。とても大切なものだったろうに、なぜそれを?」
シアリスがデプラの胸元に下がる小瓶を見つめる。
「シアリス、あなたから何か…引き寄せられるような感覚があって」
ファルムは胸に手を当てる。
「まるで、私自身を助けようとする…みたいな」
純粋な善意とは違う、同一化のような感覚。
「僕たちの世界では、門から天使という不変の存在が落ちてくる。ファルムも天使の一人なんだ」
デプラが、元いた世界で発生する門について語る。
「私たちの世界に発生する門は、周囲の人間を理性を欠いた別の存在へ変えてしまうんだ」
シアリスが、触手をうねうねと動かす。
「私も変異させられたけど、耐性があった。見た目は化け物になっちゃったけど、私という意思は残ってる」
シアリスの自嘲混じりな説明に、アリシアは姉の方を向き顔をしかめる。
「ねえ、これからどうするの?」
ファルムが、デプラを含め全員へ問う。
「僕たちは、元の世界に帰るつもりは無いんだ。ただ、ここも居心地が良いとは言えないから、また門を探す必要がありそうだね」
デプラが師匠譲りの軽口を言う。
部屋は暗く、廊下の窓から向こうは闇が広がっていた。
シアリスはアリシアへ向き直る。
「アリシアは?」
「…お姉ちゃんがあの場所へ戻るのは危険だと思う」
アリシアは姉の瞳を見つめた。
「けれど、あの世界にシルを――大事な人を置き去りにしてしまった……」
シルとアリシアは厄災を管理する組織『機関』で出会った。彼女もまた、門により齎された厄災で家族を失い、孤児として機関に保護された。
バディとしての日々を共に過ごし、特異体としてのシアリスとの邂逅後、アリシアのそばで彼女を支え続けた。
シアリスが身を挺して最大厄災から守った機関の構成員たちに銃撃された時、満身創痍で立ち尽くすアリシアに代わり、シルが怒りを露わにした。
肉体的にも精神的にも限界を迎えていたアリシアは、門へ落ちる姉を追うのに精一杯であった。
「なら、戻らないと!」
シアリスが力強く答える。
「お姉ちゃんはもう平気! これからはずっと一緒にいるから」
双子の姉は尖った歯を見せ、ニカっと笑う。
「…ひとまず、一緒に行動しないか? 何がいるかも分からないし、ここでじっとしているわけにもいかないだろうから」
デプラの提案により、四人は部屋を出ると、共に歩き始めた。
***
「広いね、ここ」
ユールが、手帳に道を記しながら呟いた。
「もし、どこにも続いてなかったら……」
ユールの漏らした懸念に、シルが振り返る。
「大丈夫、なんとかなるよ」
「前向きだね、シルは」
少年は走らせていたペンを止める。
「簡単にだけど…」
ユールは手帳を差し出し、書き込んでいた地図をシルとルクシアへ見せる。
この世界へ来てから歩いた道のりを記録しており、三人がいる建物の複雑な構造を証明していた。
「はぁ…この場所、まるで好き勝手に組み替えられたみたいにごちゃごちゃとしてる」
ユールが息を吐く。
「こんな時、キューがいればなぁ」
シルが、元の世界で利用していた粒子技術の装備――リソースキューブに付けていた名前を口に出す。
『お呼びですか』
「……」
突然、ユールの外套の下にある鞄から声がした。
その声はシルがキューに割り当てた機械音声だった。
「えー?!」
シルはあまりの驚きに大声をあげた。
三人が出会った世界で、シルはガルトという機械工に出会っていた。彼は長い間ある装置を作成しており、その最後の部品としてシルはリソースキューブ、つまりキューを提供していた。
装置が完成し、彼から譲り受けた時、キューとしての機能は停止したと思い込んでいたのだ。
「キュー? 生きてたの?!」
『電力が安定して供給され、入力を受け付けている。または、プログラムされた命令を実行している状態や自律的なシステムのフィードバックを継続して行える状態を"生きている"と定義するのなら――』
キューの的外れな回答に、シルはただ口をぱくぱくとさせている。
「はい、シル」
ユールが鞄から【reCore】を取り出し、シルヘ手渡す。
「えっと、キュー…周辺状況の解析できる?」
シルの指示に、星の形をした装置がきらりと発光する。
『探知機能に複数の生体反応あり』
キューの報告に、シルの声に熱がこもる。
「案内して!」
『案内を開始します』
三人と一体は再び、色のない廃墟を歩き出した。
***
デプラが先行し、その後ろにファルム、アリシアとシアリスが続く。
「止まって」
デプラが近づいてくる気配に立ち止まり、後ろの三人へ警戒を促す。
「うん、誰かがこっちへ向かって来てる」
シアリスが肉体を変形させ、触手を壁や天井へ張り巡らせる。複数人の歩く振動が、迷わずこちらへと伝わってきていた。
「少し戻ったところに、講堂のような広い部屋があった。そこに隠れて、先手を打てるようにしよう」
***
三人が生体反応を追って、広い空間へ出る。
白い壁が立ち上がり、正面奥の壁は装飾が剥がれ落ち、何が描かれていたのか知ることはできない。
「これ...」
シルとルクシアが見上げると、ユールが指し示していたのは天井画だった。
そこにはいくつもの円が描かれていた。環の内側には、様々な景色が描かれており、まるで窓から異なる世界を覗き見ているようだった。
「門のようね」
ルクシアが呟く。
物語の挿絵のようなその天井画は、この世界で唯一、色が残っているように見えた。
「シル…?」
名を呼ばれた彼女にとって、最も聞き慣れた声とともに、講堂の陰からアリシアが姿を見せた。
「アリシア!」
親友の登場にシルが目を見開くと、そばにいたルクシアが、よろよろと娘の方へ歩き出していた。
「ア、アリシア...」
小さい頃いつも聞いていた、安心する声。大厄災によって引き離され、二度と再会することは叶わないと諦めていた――母親の姿があった。
時間の異なる、忘却の雨が降る世界。そこで四肢の半分を機械化していたため、ルクシアの容姿は家族が離れ離れになった当時からさほど変わっていない。
「お母さん...!」
シアリスがアリシアの隣に立つ。変異したその身体の背に、隠すように触手を重ねている。
ルクシアは二人に近づくと、二人の頬に片手を添え、交互に娘の顔を見つめる。
双子はまるで信じられないといった様子で母親を前に固まっていたが、ルクシアの表情に、シアリスが相貌を崩す。
「「お母さんっ!」」
溢れ出した涙を隠すことなく、双子は母親に抱きついた。
我が子の髪に触れる。
厄災の影響だろうか、母親譲りの紫色の髪が、分たれたような水色と桃色に変わっている。
耳の形をなぞるように触れる。
娘たちの全てが愛おしい。
――ああ、ここが『私の居場所』だと。
親友が家族の再会を果たす様子を、シルは一歩引いたところで眺めていた。
安堵と、羨望。
アリシアの笑顔がこちらを向く、彼女は機関にいた時、感情を抑制することを常に意識していた。
それは姉に会うため、そして厄災から人々を守るため。不安定な精神をコントロールすることが、リソースキューブを扱う重要な技術だと、信じていた。
だが、シルは知っている。アリシアの心はとても激しい、嬉しくても悲しくても、彼女はよく泣くのだ。
笑顔を向ける彼女の頬は涙で濡れている。
嬉しいのか悲しいのか、アリシアの頬を見つめるシルの思考は、ぼんやりとまとまらない。
「わ!」
突然胸に衝撃を受けた。アリシアがシルの胸に飛び込んできたのだ。
「シル…! シル!」
シルよりも背の高いアリシアが、両腕で強く抱きしめてくる。
〈熱い〉
アリシアから伝わる体温だけじゃない。
この熱は、シルからも発されていた。
「ありがとう、シル!」
彼女に抱きしめられながら感謝を耳にするたび、身体の芯から込み上げ、二人の熱が溶け合う。この熱がアリシアへ伝わっていると思うと、少し照れ臭かった。
「アリシア…」
最大厄災で失われたかと思われた、最愛の親友。
被害による混乱が広がる世界をよそに、アリシアを追って新たな門へと飛び込んだ。
「アタシ…さ」
闇から落ちた世界は、大切な記憶が失われゆく雨が降り続けていた。
唯一残されたアリシアとの記憶を失う恐怖を抱きながらも、気丈に振る舞った。
「会いたかった…!」
「うん、私も…!」
身につけた技術や見知らぬ世界での旅、これまでの全てが、親友からの最大の感謝によって報われたように思えた。
彼女らの再会を見届けていたデプラとファルム。笑みを浮かべていたファルムが、何かを感じ取ったように突然、天井を見上げた。
「みんな!」
彼女が叫ぶと同時に、天井に描かれた絵が音を立てて崩れ、巨大な影が落下してきた。




