W&WM 終章【Prētium Absolūtum】
蛍月とヴェレ、二人が新たな世界に到達することは無かった。
いうなれば、世界の狭間の世界。
蛍月は、全身が濁った硝子のように半透明となり、首から下の感覚がない。
〈ヴェレ……そこにいる?〉
少女の髪に、ヴェレの身体が触れた。
「ごめんね、ヴェレ。 もうどこにも行けないみたい」
「私……もう何の役にも立たない」
「ヴェレ…」
眉間に熱がこもる。涙が溢れ、唇が震える。
必死に声を押し殺す、幼い少女。小さな子供の身体を、黒い肉の塊が包み込んだ。
蛍月を包んだヴェレの内側から、ヒダのように重なった皮膚の層――ヴェレの唇が、蛍月の額に触れる。
魔女が、魔法『Prētium Absolūtum』を、自分自身を対象に発動した。
ヴェレ・ルミエラは願った。
もう誰にも、世界にすら。
私の知識、道具、居場所を――
奪わせはしない、と。
『蛍月』
少女の耳に、声が聞こえた。つい最近聞いた声、覚えた声。
今、一番聞きたかった声が。
『ヴェレ?』
『蛍月、一緒だったんだ』
『私の欲望、願い』
『知ること、それが私の求めたもの、旅の目的』
蛍月は声を出そうとするが、少女の喉は何も発すことが出来ない。
『私が一番知りたかったのは、私の居場所なんだ』
『そして、私はそれを見つけた』
ヴェレが、笑った気がした。
『自己犠牲なんて、偽善だ』
『これは、私のためだから』
ヴェレは魔無だった時に読んだ、騎士の誓いを思い出す。
『私は蛍月、お前に呪いをかけるんだ』
『お前は一生、私によって生かされたことを背負うんだ』
ヴェレの欲望は、"蛍月の存在を永遠に定着させる"こと。
『お前がこれから、居場所を探して色々な世界を渡り歩いても、決して存在は消えない』
『対価は、私のすべて』
全ての世界への存在の定着。それはヴェレの支払える限度を超え、彼女の全てを徴収する。
闇の中に、エメラルド色の光が、閃光のように煌めく。
その輝きが、この場所の全てだった。
繭のように、蛍月を包んだ肉の塊が、小さな光の粒子となって舞う。
それはまるで、蛍のように小さい。しかし気高く、力強い光を放っていた。
***
蛍月の全身に広がっていた透明な部分が、完全にではないが、少なくなった。
ヴェレ――彼女がしたこと、与えられた呪い。
蛍月は、魔女への愛、そして怒りや憎しみ。それらを全て受け入れる。
瞳に宿ったヴェレの魔法『Prētium Absolūtum』と共に。
少女の瞼が持ち上がる。
その瞳には、緑色の光が宿っていた。
彼女が見る景色、その世界に――
ヴェレ・ルミエラは、もういない。
見えなくても、知っていた。
ヴェレが伝えたから、この世界の美しさを。
彼女の声、触れる手。肌、髪。
足の裏に伝わる地面の柔らかさ、硬さ。
手のひら、指先に伝わる草木の感触。
音、熱、匂い。
ヴェレの記憶、魔法、存在――そのすべてが、いまは蛍月へと継承された。
蛍月が世界を渡るのに、別の同行者は必要ない。
彼女は自由に世界を渡り、自らの居場所を探すことができるのだ。
――ヴェレが蛍月を対象にした魔法は、発動していた。
蛍月、ヴェレの欲望は『居場所を見つける』こと。
二人が出会い、ヴェレが取引を持ちかけ、
「私が、お前の目になる」とついた嘘。
そして、蛍月が取引に応じたことで、ヴェレの居場所は見つかっていた。
――蛍月のそばにいること。
「私も、もうとっくに見つけていたんだ」
蛍月は、腕に巻かれた鈴に手を触れる。
少女は、もうどこにいっても、薄化が進行することはない。
「ヴェレ、私たちの旅を続けよう」
彼女たちの旅を、誰も邪魔することはできない。
――門に導かれ、二人の物語は続く。
『GateFragments』
第四巻『World and World Magic』
——完——




