第九話 人類史の反撃
第九話 人類史の反撃
黒い空が砕けていた。
邪神ニャルラトホテプの触手が世界を埋め尽くす。
一本一本が山脈ほど巨大だった。
振るわれるだけで空間が崩壊する。
まさに神話。
まさに災厄。
しかし。
その前へ英雄達が立ちはだかる。
人類史最強の軍勢が。
◇
『笑わせる』
ニャルラトホテプが嗤う。
無数の顔が歪む。
『人が神へ勝てると思うか』
その瞬間。
数十本の触手が襲い掛かった。
だが。
真っ先に動いたのはジャンヌ・ダルクだった。
◇
「皆を守ります!」
純白の旗が翻る。
聖なる光が世界を包んだ。
《ラ・ピュセル》
ジャンヌ最大の銘器(必殺の武具・防具の総称)。
フランスを救った聖女の奇跡。
彼女の伝説そのものだった。
生涯を通じて信仰を貫いた少女。
処刑台に立ってなお心を折らなかった英雄。
だからこそ。
その力は絶対防御となる。
ゴォォォォォォォ!!
巨大な光の壁が出現した。
触手が激突する。
しかし。
一歩も通さない。
観客席から歓声が上がる。
『馬鹿な』
邪神が初めて驚愕する。
◇
その隙に。
チンギス・ハンが剣を抜いた。
『征服とは恐怖ではない』
大地が揺れる。
『前進だ』
狼が咆哮する。
《蒼狼天征》
能力発動。
空が割れた。
そこから現れたのは。
百万人を超える軍勢。
モンゴル帝国全軍。
歴史上最大規模の軍団だった。
「来い!」
征服王が叫ぶ。
百万騎の軍勢が突撃する。
戦場が震える。
まるで大陸そのものが動き出したようだった。
◇
『ならば余も』
今度は始皇帝。
皇帝の瞳が輝く。
《大秦統一》
世界へ巨大な城壁が出現した。
万里の長城。
歴史上最大の建築物の顕現。
さらに。
数十万の兵馬俑が現れる。
『朕が天下を統一したのは暴力だけではない』
始皇帝が手を掲げる。
軍勢が整列する。
『秩序だ』
兵馬俑軍団が邪神の眷属へ突撃した。
◇
邪神が腕を振るう。
世界が崩壊する。
無数の軍勢が消滅する。
しかし。
それでも。
英雄達は止まらない。
『私の番ですね』
アインシュタインが前へ出る。
白髪の科学者が微笑んだ。
《相対性宇宙》
発動。
瞬間。
邪神の周囲だけ時間が狂う。
一秒が百年になる。
百年が一秒になる。
重力が反転する。
空間が捻じ曲がる。
ニャルラトホテプの動きが鈍った。
『理不尽というなら』
アインシュタインが笑う。
『科学も十分理不尽だよ』
◇
さらに。
ナポレオンが前線へ出る。
『兵士諸君』
帽子を掲げる。
『不可能の文字は余の辞書には無い』
観客席が沸く。
《グランダルメ》
発動。
無数の砲門が出現した。
近代戦争そのもの。
轟音。
爆炎。
鉄の嵐。
無限砲撃が邪神の身体を削り取っていく。
◇
そして。
信長が笑った。
一番楽しそうに。
『ようやくじゃ』
炎が吹き上がる。
『神殺しなど』
刀を抜く。
天下人の覇気が空を裂く。
『最高ではないか』
ユウマも笑う。
完全に同意だった。
◇
「信長!」
「うむ!」
ユウマが英雄の真名を叫ぶ。
「織田信長!」
炎が膨張する。
「戦国乱世を終わらせ!」
さらに増大。
「既存の価値観を破壊し!」
世界が震える。
「未来を切り開いた革命家!」
真名解放。
最終段階。
◇
《天下布武・天魔解放》
轟。
その一音で世界が崩れた。
巨大な魔王が出現する。
炎でできた百メートル級の姿。
背後には安土城。
無数の火縄銃。
騎馬隊。
鉄甲船。
信長の歩んだ歴史そのもの。
邪神ですら一歩後退した。
『貴様……』
『余はな』
信長が笑う。
『天を恐れたことなど一度も無い』
刀が振り下ろされる。
『神』
世界が赤く染まる。
『燃えてしまえ』
ドォォォォォォォォォォォン!!!
邪神の身体が切断された。
絶叫が響く。
観客席が揺れる。
天地が震える。
だが。
ニャルラトホテプはまだ笑っていた。
切断された身体が再生していく。
『無意味だ』
邪神が嗤う。
『余は混沌そのもの』
再生。
復活。
不死。
これこそが邪神だった。
そして。
ユウマは気付く。
普通に戦っても勝てない。
英雄達も同じ結論へ辿り着いていた。
アインシュタインが呟く。
『核がある』
始皇帝も頷く。
『邪神の中心だ』
ジャンヌが旗を握る。
『あれを破壊しなければ』
勝てない。
だが。
それは邪神の胸部深く。
無数の触手と混沌に守られている。
誰かが辿り着かなければならない。
誰か一人。
その時。
チンギス・ハンが笑った。
ナポレオンも。
始皇帝も。
信長も。
全員が。
同じ顔をしていた。
英雄の顔を。
「おいおい」
ユウマが青ざめる。
嫌な予感しかしない。
そして。
信長が振り返る。
不敵に笑いながら。
「どうやら」
彼女は言った。
「最後は英雄の仕事らしい」
ユウマの心臓が大きく跳ねた。
英雄達は既に覚悟を決めていた。




