第十話 英雄達の最期
第十話 英雄達の最期
「どうやら最後は英雄の仕事らしい」
信長の言葉に、ユウマは首を横に振った。
「駄目だ」
即答だった。
嫌な予感しかしない。
歴史を知っている。
英雄達の物語を知っている。
だからこそ分かる。
今の彼らが何を考えているのか。
「死ぬ気だろ」
沈黙。
それが答えだった。
◇
ニャルラトホテプは再生を続けていた。
斬っても。
焼いても。
潰しても。
即座に復活する。
唯一破壊できるのは胸の中心。
混沌の核。
だがそこへ辿り着くには。
無数の触手。
無数の分身体。
混沌の海そのものを突破しなければならない。
不可能だった。
普通なら。
◇
『少年』
チンギス・ハンが前へ出る。
『歴史とは何だと思う』
ユウマは答えられない。
征服王は笑った。
豪快に。
『受け継がれるものだ』
その瞬間。
剣を掲げる。
《蒼狼天征・最終進軍》
百万の軍勢が咆哮した。
地平線の果てまで埋め尽くす騎兵達。
彼らが一斉に突撃する。
「行けぇぇぇぇぇぇ!」
征服王の絶叫が世界を揺らした。
ドォォォォォォォォォォン!!
百万軍が邪神へ激突する。
無数の触手が軍勢を飲み込む。
兵達が消えていく。
チンギス・ハン自身も。
光となり始める。
『先へ進め』
最後に笑った。
『歴史を知る者よ』
そして蒼狼は消えた。
◇
「征服王……!」
ユウマが叫ぶ。
だが終わらない。
今度は始皇帝が前へ出る。
『人とは弱い』
巨大な長城が現れる。
世界そのものを覆うほど巨大な城壁。
《万里長城・天下永世》
発動。
『故に国を作った』
邪神の触手が押し寄せる。
長城が崩れる。
兵馬俑が砕ける。
しかし。
始皇帝は笑っていた。
『朕の夢は潰えぬ』
城壁ごと邪神へ突撃する。
世界が砕けた。
そして。
最初の皇帝も消えた。
◇
「次は私だ」
ナポレオンが帽子を被り直す。
空に向かって笑う。
『不可能?』
砲門が出現する。
数万。
数十万。
《皇帝の大遠征》
発動。
近代戦争の全て。
砲兵。
騎兵。
歩兵。
帝国の栄光。
その全てが現れる。
『そんな言葉は』
ナポレオンが剣を掲げる。
『余の辞書には無い』
無限砲撃。
神話すら吹き飛ばす爆炎。
邪神の触手が吹き飛ぶ。
道が開く。
だが。
代償にナポレオン自身が崩れていく。
『進め少年』
最後まで笑いながら。
英雄は消えた。
◇
『では次は私ですね』
アインシュタインだった。
静かに前へ出る。
『戦うのは苦手なんだが』
彼らしく苦笑する。
だが瞳は真剣だった。
《相対性宇宙・特異点形成》
空間が圧縮される。
重力が収束する。
星すら潰す超重力。
ブラックホールだった。
『理論上は可能だった』
邪神の身体が引きちぎられる。
世界が歪む。
『試せる機会があって良かった』
アインシュタインが笑う。
『英雄になれて悪くなかったよ』
そして。
科学者も消えた。
◇
残ったのは。
ジャンヌと信長。
そしてユウマ。
『行ってください』
ジャンヌが微笑む。
聖女らしい笑顔だった。
『あなたは生きなければなりません』
「嫌だ」
即答だった。
『駄目です』
「嫌だ!」
『ユウマ』
ジャンヌの声が優しい。
『英雄とは』
旗が輝く。
『未来へ託すものです』
神聖な光が爆発する。
《ラ・ピュセル》
最後の祈り。
最終解放。
世界を包む光。
邪神の触手が浄化されていく。
彼女自身も光になる。
『どうか勝ってください』
それが最後だった。
ジャンヌも消えた。
◇
残ったのは。
織田信長だけ。
相棒だけだった。
ユウマは拳を握る。
「信長」
「何じゃ」
「帰ろう」
信長は笑った。
本当に楽しそうに。
「無理じゃな」
炎が揺れる。
身体が崩れ始めていた。
◇
「ユウマ」
信長が振り返る。
戦国の魔王。
天下人。
そして。
ずっと隣にいた相棒。
「貴様は面白かった」
「何だよそれ」
「褒め言葉じゃ」
初めて会った時よりも。
ずっと優しい笑顔だった。
「歴史を覚えておってくれてありがとう」
ユウマの目から涙が落ちる。
信長が微笑む。
「余は嬉しかった」
炎が膨れ上がる。
最後の力。
全ての魔力。
◇
《天下布武・終焉天魔》
発動。
炎の魔王が出現する。
今までで最大。
最強。
空を裂くほど巨大だった。
「行けぇぇぇぇぇぇぇ!!」
信長が叫ぶ。
魔王が邪神へ突撃する。
絶叫。
爆発。
崩壊。
混沌の海が真っ二つに割れた。
そして。
核への一本道が現れる。
◇
信長の身体が消えていく。
もう僅かしか残っていない。
「ユウマ」
最後の言葉だった。
「天下を取れ」
信長が笑う。
「貴様のやり方で」
そして。
消えた。
完全に。
何も残さず。
◇
ユウマは走った。
泣きながら。
叫びながら。
一本道を駆ける。
英雄達が作った道を。
命と引き換えに作った道を。
その先に。
邪神の核があった。
脈動している。
心臓のように。
◇
ニャルラトホテプが絶叫する。
『やめろォォォォォ!!』
初めて恐怖していた。
初めて焦っていた。
ユウマは答えない。
歴史書から作った剣を握る。
英雄達の力が宿った剣。
そして。
突き刺した。
ドシュッ。
核を。
心臓を。
混沌の中心を。
『あ……』
邪神の声が止まる。
世界が静まる。
そして。
核が砕けた。
◇
ニャルラトホテプ。
這い寄る混沌。
千の仮面。
人類を弄んだ邪神。
その全てが。
崩壊を始める。
ユウマは空を見上げた。
そこにはもう。
英雄達はいない。
ただ静かな空だけがあった。
そして。
世界を包む光が降り注ぐ。
戦争は終わった。
神は滅びた。
残されたのは歴史を愛した一人の少年だけだった。




