最終話 歴史は終わらない
最終話 歴史は終わらない
邪神ニャルラトホテプは消滅した。
砕けた核は光となり。
崩壊した混沌は静かに宇宙へ溶けていく。
もはや戦うべき敵はいない。
世界を覆っていた暗闇も消えた。
静寂だけが残っている。
「終わったのか……」
ユウマは呆然と立ち尽くした。
英雄はいない。
信長も。
ジャンヌも。
チンギス・ハンも。
アインシュタインも。
誰もいない。
あまりにも静かだった。
◇
やがて。
世界を包む光が現れる。
暖かい光だった。
邪神のものとは違う。
穏やかで優しい。
『ありがとう』
声が響く。
知らない声だった。
だが不思議と安心できた。
『英雄達を解放してくれて』
空に無数の光が浮かぶ。
それは魂だった。
解放された英雄達。
歴史の偉人達。
彼らが静かに微笑んでいる。
ユウマは思わず顔を上げた。
「みんな……」
その中に。
見慣れた姿があった。
黒髪。
赤い瞳。
不敵な笑み。
信長だった。
◇
『泣くな』
信長が笑う。
いつものように。
堂々と。
「うるさい」
『英雄が死ぬなど今更じゃ』
「そういう問題じゃない」
『そういう問題じゃ』
本当に最後まで変わらない。
ユウマは思わず笑ってしまう。
涙を流しながら。
◇
『ユウマ』
今度はジャンヌが現れる。
優しい笑顔。
『ありがとうございました』
チンギス・ハンも笑っている。
『面白い戦だった』
アインシュタインも肩をすくめる。
『研究対象としても興味深かったね』
始皇帝もいる。
ナポレオンもいる。
今まで出会った英雄達が全員いた。
◇
「なあ」
ユウマは拳を握る。
「俺なんかで良かったのか」
静寂。
そして。
最初に答えたのは信長だった。
『当然じゃ』
即答だった。
『貴様は余を知っておった』
言葉が続く。
『桶狭間も』
『長篠も』
『本能寺も』
『全部じゃ』
信長が笑う。
少しだけ。
照れ臭そうに。
『忘れられておらんかった』
◇
ジャンヌも頷く。
『私達は歴史です』
『覚えてくれる人がいる限り』
アインシュタインも続く。
『完全には消えない』
チンギス・ハンが豪快に笑う。
『受け継がれる』
その言葉に。
ユウマはようやく理解した。
英雄とは何なのか。
歴史とは何なのか。
死んでも残る。
語り継がれる。
それこそが英雄だった。
◇
その時。
巨大な門が現れた。
青白い光に包まれた転移門。
『帰りなさい』
優しい声が響く。
『あなたの世界へ』
現代。
元の世界。
図書館。
学校。
何もかも。
元の日常へ戻れる。
◇
「帰るのか」
ユウマが呟く。
正直。
迷いもあった。
ここには英雄達がいた。
信長もいた。
ずっと旅を続けたい気持ちもある。
しかし。
信長が笑った。
『当たり前じゃ』
「信長」
『天下を取れと言ったじゃろ』
彼女は刀を肩に担ぐ。
『貴様の世界でな』
ユウマが苦笑する。
相変わらずだ。
最後まで。
本当に最後まで。
◇
門へ向かう。
だが途中で立ち止まった。
振り返る。
英雄達がいた。
誰もが笑っていた。
誇らしげに。
「ありがとう」
ユウマは頭を下げる。
心から。
「みんなのおかげだ」
信長が鼻で笑った。
『当然じゃ』
ジャンヌが微笑む。
アインシュタインが手を振る。
チンギス・ハンが笑う。
そして。
ユウマは門をくぐった。
◇
次の瞬間。
目を開く。
そこは図書館だった。
夕陽が差し込んでいる。
机の上には歴史書。
周囲は静か。
最初にいた場所。
まるで夢だった。
だが。
違う。
確かに経験した。
手を見る。
何もない。
だが。
不思議と寂しくはなかった。
◇
数日後。
学校帰り。
ユウマは書店へ立ち寄った。
歴史コーナーへ向かう。
信長。
ジャンヌ。
チンギス・ハン。
アインシュタイン。
英雄達の本が並んでいる。
自然と笑みがこぼれる。
「ちゃんと残ってるな」
本を手に取る。
ページを開く。
そこには。
歴史があった。
英雄達の人生があった。
そして。
信長のページを開いた瞬間。
一枚の栞が落ちた。
見覚えのない栞だった。
そこには達筆な文字で。
たった一言。
記されていた。
『天下布武』
ユウマは固まる。
そして。
思わず吹き出した。
「やっぱりお前かよ」
窓の外で風が吹いた。
どこかで。
誰かが笑った気がした。
ユウマも笑う。
もう前を向ける。
英雄達は消えた。
だが歴史は消えない。
受け継がれる。
語り継がれる。
そして新しい未来へ続いていく。
それこそが―
人類が残した最高の財産なのだから。




