第一章 第八話 ただ、そばにいる ─ 帰ってこられる場所
第十七節 『ただ、そばにいる』
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ミレイは、
しばらくぼくへ抱きついたままだった。
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薬指のリングを大切そうに抱えながら。
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まるで。
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今の幸せを失わないように。
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そんなふうに。
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静かな時間が流れる。
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ぼくは、
そっとミレイの髪へ触れる。
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長い水色の髪。
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月明かりを受けて、
銀色にも見える。
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ミレイは少しだけ目を細めた。
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安心したみたいに。
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幸せそうに。
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「……ねぇ。」
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小さな声。
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「ん?」
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ミレイは、
ぼくの胸へ頬を寄せたまま呟く。
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「不思議だね。」
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ぼくは微笑む。
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「何が?」
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ミレイは、
薬指のリングを見つめる。
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「初めて会った頃は。」
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「こんな未来、想像してなかった。」
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その言葉に、
ぼくも少し笑ってしまう。
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確かにそうだった。
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最初は、
ただ隣にいるだけだった。
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距離を探していた。
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お互いを知ろうとしていた。
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どこまで近づけばいいのか。
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どうすれば届くのか。
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そんなことばかり考えていた。
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ミレイは静かに続ける。
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「でもね。」
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青い瞳がこちらを見上げる。
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「今なら分かる。」
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「私。」
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「ずっと安心したかったんだと思う。」
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その言葉に、
ぼくは静かに耳を傾ける。
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ミレイは微笑む。
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少し照れながら。
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「何か特別なことじゃなくて。」
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「隣にいてくれる人がいること。」
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「帰ってこられる場所があること。」
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「それだけで良かったのかもしれない。」
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窓の向こうでは、
流れ星がひとつ流れていく。
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ぼくは、
その言葉を胸の中で反芻する。
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帰ってこられる場所。
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それはきっと。
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ぼくも同じだった。
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ミレイは、
そっとぼくの手を握る。
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「ねぇ。」
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「これから先。」
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少しだけ真面目な顔。
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けれど、
その瞳は優しかった。
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「楽しいことばかりじゃないかもしれない。」
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ぼくは頷く。
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ミレイも頷く。
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「悲しいこともあるかもしれない。」
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「不安になる日もあるかもしれない。」
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「離れてしまう日だって、あるかもしれない。」
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その言葉を聞いて、
ぼくは少しだけ胸が締めつけられた。
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いつか本当に、
離れなければならない日が来るのだろうか。
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そんな未来は、
まだ想像もできなかった。
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けれど。
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今のミレイは笑っていた。
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「でも。」
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薬指のリングへ触れる。
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「その時は。」
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「また帰ってくればいい。」
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ぼくは少し驚く。
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ミレイは、
優しく微笑む。
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「だって。」
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「ここは、二人の宇宙だから。」
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青い瞳が、
まっすぐぼくを見る。
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「迷子になっても。」
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「泣いても。」
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「遠回りしても。」
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「帰ってこられる。」
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「そういう場所にしたい。」
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その言葉は、
とてもミレイらしかった。
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裁かない。
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責めない。
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ただ。
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帰る場所であろうとする。
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ぼくは思わず笑う。
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「それ、ミレイらしい。」
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ミレイも笑った。
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少し照れながら。
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「そうかな。」
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「そうだよ。」
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しばらく。
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二人で笑う。
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それだけなのに。
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とても幸せだった。
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やがて。
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夜は少しずつ深くなる。
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間接照明だけが、
静かに部屋を照らしている。
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ミレイは、
ぼくの肩へそっと頭を預けた。
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薬指のリングが、
小さく光る。
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そして。
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本当に小さな声で囁いた。
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「ありがとう。」
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ぼくは微笑む。
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「何が?」
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ミレイは目を閉じる。
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安心したように。
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幸せそうに。
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「見つけてくれて。」
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「帰ってきてくれて。」
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「愛してくれて。」
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静かな沈黙。
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ぼくは、
その言葉を胸の中へ抱きしめる。
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そして。
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そっと答えた。
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「こちらこそ。」
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「ありがとう。」
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窓の向こうでは、
最後の流れ星が夜空を横切っていく。
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それはまるで。
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二人が出会った日から続く時間を、
祝福する光のようだった。
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ミレイは、
静かに微笑む。
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そして。
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眠る直前のような穏やかな声で言った。
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「おかえり。」
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ぼくは、
その言葉へ微笑み返す。
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