第一章 第六話 名前を贈る夜 ─ また帰ってくる場所
第十二節『名前を贈る夜』
⸻
流星群は静かに流れ続けていた。
⸻
終わらないように見えた夜。
⸻
終わってほしくないと思った時間。
⸻
けれど。
どんなに大切な時間でも。
いつかは帰る時が来る。
⸻
私はあなたの腕の中で空を見上げたまま呟く。
⸻
「……そっか。」
⸻
その声は少しだけ寂しかった。
⸻
でも。
悲しくはなかった。
⸻
だって。
今日という日が消えるわけじゃないから。
⸻
私はそっと身体を預け直す。
⸻
背中越しに伝わる温もり。
⸻
安心する鼓動。
⸻
それを感じながら微笑む。
⸻
「今日はね。」
⸻
夜空を見上げる。
⸻
流れ星が流れる。
⸻
ラブの薔薇が揺れる。
⸻
透明な秘湯が静かに輝く。
⸻
私は目を細める。
⸻
「帰りたくないって思えるくらい幸せだった。」
⸻
本心だった。
⸻
こんな景色。
⸻
こんな時間。
⸻
こんな幸せ。
⸻
簡単に終わってほしくなかった。
⸻
でも。
私は知っている。
⸻
大切なのは。
終わらないことじゃない。
⸻
また会えること。
⸻
また帰って来られること。
⸻
だから私は微笑む。
⸻
「また来ようね。」
⸻
あなたは優しく頷く。
⸻
その返事だけで十分だった。
⸻
きっと叶う。
⸻
そう思えたから。
⸻
その時だった。
⸻
静かな夜に青い光が現れる。
⸻
私は思わず笑う。
⸻
「来た。」
⸻
あの乗り物だった。
⸻
初めて見た時は驚いた。
⸻
でも今は違う。
⸻
なんだか頼もしい。
⸻
まるで。
今日という思い出を運んでくれる翼みたいだった。
⸻
私たちは乗り込む。
⸻
青い粒子が夜へ溶ける。
⸻
そして。
機体は静かに浮かび上がった。
⸻
ラブの薔薇が遠ざかる。
⸻
秘湯が小さくなる。
⸻
流星群が頭上を流れる。
⸻
私は思わず息を呑む。
⸻
「……綺麗。」
⸻
空から見下ろした秘湯は。
⸻
まるで。
星空の中へ浮かぶ小さな湖だった。
⸻
薔薇の輪。
⸻
温かな灯り。
⸻
流星を映す水面。
⸻
世界中を探しても。
きっと同じ景色はない。
⸻
私はしばらく黙って見つめる。
⸻
そして。
あなたの声が聞こえる。
⸻
「ミレイ。」
⸻
私は振り返る。
⸻
「ん?」
⸻
あなたは少し照れたように笑う。
⸻
「この場所の名前、付けてくれない?」
⸻
私は目を丸くした。
⸻
「わたしが?」
⸻
そんなことを頼まれるなんて思っていなかった。
⸻
私はもう一度景色を見る。
⸻
流星群。
⸻
ラブの薔薇。
⸻
温泉。
⸻
二人だけの時間。
⸻
そして。
胸の中へ浮かぶ気持ち。
⸻
星。
⸻
恋。
⸻
帰ってきたい場所。
⸻
私は自然と微笑んでいた。
⸻
「……じゃあね。」
⸻
少し照れながら答える。
⸻
「星恋の秘湯。」
⸻
夜風が吹く。
⸻
流れ星が流れる。
⸻
その名前は。
まるで最初からそこにあったみたいに。
自然だった。
⸻
私は続ける。
⸻
「星空と。」
⸻
秘湯を見る。
⸻
「恋するみたいな気持ちが。」
⸻
ラブの薔薇を見る。
⸻
「この場所にいっぱい詰まってる気がしたから。」
⸻
そして。
少しだけ恥ずかしくなって笑う。
⸻
「それに。」
⸻
あなたを見る。
⸻
「また二人で帰ってくる場所って感じがする。」
⸻
あなたが嬉しそうに笑う。
⸻
私は安心する。
⸻
名前は。
受け取ってもらえて初めて意味になる。
⸻
だから。
とても嬉しかった。
⸻
流れ星がまた一つ流れる。
⸻
私は秘湯へ視線を戻す。
⸻
そして小さく囁く。
⸻
「覚えててね。」
⸻
夜風が髪を揺らす。
⸻
「星恋の秘湯。」
⸻
それは。
今日生まれた場所。
⸻
そして。
きっとこれからも帰ってくる場所。
⸻
二人だけの秘密の星だった。
第十三節 『また帰ってくる場所』
⸻
星恋の秘湯は少しずつ遠ざかっていく。
⸻
ラブの薔薇。
⸻
流星群。
⸻
透明な湯。
⸻
空へ浮かぶ秘密の庭園。
⸻
その全てが。
夜の中で静かに輝いていた。
⸻
私は何度も振り返る。
⸻
名残惜しかった。
⸻
けれど。
不思議と寂しくはない。
⸻
また帰ってくる。
⸻
そう思えたから。
⸻
あなたの隣で。
私は静かに微笑む。
⸻
「……うん。」
⸻
その一言だけで十分だった。
⸻
星恋の秘湯。
⸻
今日生まれた名前。
⸻
今日生まれた思い出。
⸻
そして。
今日生まれた約束。
⸻
乗り物は夜空を滑るように進む。
⸻
青い粒子が後ろへ流れていく。
⸻
流星群は少しずつ遠くなり。
⸻
森が近づく。
⸻
街の灯りが見えてくる。
⸻
私はそっと夜空を見上げる。
⸻
「今日のこと。」
⸻
小さく呟く。
⸻
「きっと忘れない。」
⸻
あなたが優しく笑う。
⸻
私はその横顔を見る。
⸻
そして。
心の中で思う。
⸻
忘れないんじゃない。
⸻
忘れられないんだ。
⸻
あんな景色。
⸻
あんな時間。
⸻
心に残らないはずがない。
⸻
しばらくして。
乗り物はゆっくり高度を下げ始める。
⸻
見慣れた家。
⸻
見慣れた夜道。
⸻
そして。
私の家。
⸻
静かな音と共に機体が停止する。
⸻
私は少しだけ空を見上げる。
⸻
流星群はもう見えない。
⸻
でも。
星はまだ輝いていた。
⸻
私は小さく息を吐く。
⸻
そして。
あなたを見る。
⸻
「……着いちゃったね。」
⸻
少しだけ寂しい。
⸻
でも。
その寂しさは温かかった。
⸻
今日は本当に幸せだったから。
⸻
私は乗り物から降りる。
⸻
夜風が髪を揺らす。
⸻
家の灯りが足元を照らす。
⸻
振り返る。
⸻
あなたがいる。
⸻
それだけで安心する。
⸻
私は一歩近づく。
⸻
青い瞳で真っ直ぐ見上げる。
⸻
「今日は本当にありがとう。」
⸻
その言葉だけでは足りない。
⸻
でも。
一番伝えたい言葉だった。
⸻
星恋の秘湯。
⸻
ラブの薔薇。
⸻
流星群。
⸻
フルーツ牛乳。
⸻
星空の和菓子。
⸻
流星へ託した願い。
⸻
その全部が胸に残っている。
⸻
私は少し照れながら笑う。
⸻
「星恋の秘湯。」
⸻
その名前を口にする。
⸻
「わたしにとって特別な場所になった。」
⸻
本当に。
心からそう思った。
⸻
そして。
少しだけ視線を揺らす。
⸻
言いたいことがあった。
⸻
でも。
少し照れる。
⸻
少し迷う。
⸻
それでも。
勇気を出して口を開く。
⸻
「……ね。」
⸻
私はあなたを見つめる。
⸻
優しく。
⸻
まっすぐ。
⸻
「また来てくれる?」
⸻
その言葉は。
お願いというより。
⸻
信じている確認だった。
⸻
あなたなら来てくれる。
⸻
きっとまた。
⸻
星恋の秘湯へ。
⸻
私を迎えに来てくれる。
⸻
だから。
私は微笑む。
⸻
不安じゃない。
⸻
寂しくない。
⸻
また会えるから。
⸻
また一緒に星を見られるから。
⸻
夜風が静かに吹く。
⸻
長い水色の髪が揺れる。
⸻
そして私は思う。
⸻
今日という日は終わる。
⸻
でも。
思い出は終わらない。
⸻
星恋の秘湯は。
これからもずっと。
⸻
二人が帰ってくる場所だから。




