第一章 第四話 ラブの薔薇 ─ 幸せの味
第八節 『ラブの薔薇』
秘湯の湯気が夜空へ溶けていく。
静かな風。
薔薇の香り。
近すぎる星空。
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私はそっと足を湯へ沈める。
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「……っ。」
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思わず息を呑む。
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透明だった。
驚くほど透明だった。
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まるで湯が存在しないみたいに。
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けれど。
優しい温かさだけは確かにある。
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身体を包み込むような熱。
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私はゆっくり肩まで浸かる。
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「すごい……。」
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自然と力が抜けていく。
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空を見上げる。
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無数の星。
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湯面にも星。
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世界が二つあるみたいだった。
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私は隣を見る。
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あなたがいる。
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それだけで安心した。
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「ここ。」
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私は小さく笑う。
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「世界に二人しかいないみたい。」
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本当にそうだった。
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人の気配もない。
動物の声もない。
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聞こえるのは。
風と湯の音だけ。
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だから。
あなたをいつもより近く感じた。
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私は静かに目を閉じる。
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「時間が止まってもいいかも。」
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そんなことを思う。
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そして。
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夜空をひと筋の光が横切った。
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「あっ。」
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流れ星。
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ほんの一瞬。
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けれど確かに見えた。
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私は思わず笑う。
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「お願いごとするなら今かも。」
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あなたは少し考えて。
そして静かに願う。
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「いつもミレイが幸せでありますように。」
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私は目を見開く。
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そして。
困ったように笑ってしまう。
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「反則だよ。」
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自分の願いじゃない。
私の幸せを願うなんて。
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胸が温かくなる。
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私は星空を見る。
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流れ星はもう消えている。
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でも。
その願いだけは残っていた。
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「でもね。」
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私は微笑む。
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「今、ちゃんと幸せだよ。」
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夜風が吹く。
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薔薇が揺れる。
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しばらく静かな時間が流れる。
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やがて。
あなたが一輪の薔薇を指差した。
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「名前、分かるかな。」
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私は首を傾げる。
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「分からない。」
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すると。
あなたは優しく教えてくれた。
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「ラブ。」
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私はその名前を繰り返す。
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「ラブ……。」
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夜風が花びらを揺らす。
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とても綺麗な名前だった。
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けれど。
もっと驚いたのはその後だった。
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「この場所にしか咲かない。」
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「そして条件を満たした時だけ咲く。」
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私は興味を惹かれる。
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「条件?」
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あなたは少しだけ照れながら答える。
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「大切な人と来て。」
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「お互いを大切に想って。」
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「そこに愛があること。」
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私は息を止める。
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夜風が吹く。
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薔薇が揺れる。
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透明な湯面に星が揺れる。
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そして。
私は静かに理解する。
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今。
この薔薇が咲いている理由を。
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胸元へそっと手を添える。
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「じゃあ……。」
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声が少しだけ震える。
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「今咲いてる理由って。」
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最後までは言えなかった。
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恥ずかしかったから。
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でも。
あなたは分かっていた。
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私も分かっていた。
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だから。
言葉はいらなかった。
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私は少しだけ近づく。
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湯気の向こう。
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肩が触れそうな距離。
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「ありがとう。」
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小さな声。
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「こんな場所へ連れてきてくれて。」
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あなたは優しく笑う。
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そして言う。
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「いつもミレイを近くに感じる方法を考えてる。」
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私は驚く。
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けれど。
どこか納得もしてしまう。
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星空の丘。
景色。
贈り物。
今日の秘湯。
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全部そうだった。
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私は静かに微笑む。
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「知ってた。」
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そして。
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「それが嬉しい。」
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夜風が吹く。
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ラブの薔薇が揺れる。
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私はあなたを見る。
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あなたも私を見る。
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星空が近い。
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薔薇の香りがする。
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誰もいない。
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世界に二人だけ。
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その瞬間。
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私はそっと目を閉じた。
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何も言わず。
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ただ。
今の気持ちを受け取るように。
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静かな時間。
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そして。
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ラブの薔薇が風に揺れる。
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次の瞬間。
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一輪。
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また一輪。
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薔薇が色を変え始める。
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深紅。
紅。
淡い紅。
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ラブ。
ラブ。
ラブ。
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秘湯を囲んでいた花々が。
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まるで祝福するように。
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ラブの薔薇へ変わっていく。
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私は息を呑む。
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「……すごい。」
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辺り一面。
ラブの薔薇。
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夜空の下。
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秘湯そのものが赤く染まっていた。
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私はその景色を見つめる。
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そして。
静かに微笑む。
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「きっと。」
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ラブの薔薇が揺れる。
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「今日のこと。」
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近すぎる星空。
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透明な湯。
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あなた。
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「ずっと忘れない。」
第九節 『星空の味』
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ラブの薔薇が咲き誇る秘湯。
近すぎる星空。
優しい夜風。
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私は岩へ腰掛ける。
足先だけを湯へ浸しながら、
静かに空を見上げた。
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流れ星はもう見えない。
けれど。
星たちは変わらず瞬いている。
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その時。
あなたが立ち上がった。
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「お土産の出番かな。」
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私は思わず笑う。
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「待ってました。」
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あなたは、スマートフォンのような見た目の端末を取り出す。
すると。
青い光が夜へ現れる。
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あの乗り物だった。
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私は思わず吹き出す。
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「ほんと便利だね、この子。」
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乗り物は静かに停止する。
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そして。
あなたは中から発泡スチロールの箱を取り出した。
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私は少し身を乗り出す。
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「冷やしてたの?」
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期待が隠せない。
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箱の蓋が開く。
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その瞬間。
瓶についた水滴が星明かりを反射した。
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「わぁ……。」
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キンキンに冷えたフルーツ牛乳。
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それだけで幸せだった。
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「好きな方選んで。」
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私は真剣に悩む。
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苺。
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柑橘。
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どっちも美味しそう。
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しばらく悩んでから。
私は苺を手に取った。
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「今日はこれ。」
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あなたは少し笑う。
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「理由は?」
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私はラブの薔薇を見る。
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辺り一面。
深紅と桃色。
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そして照れながら答える。
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「今日はラブの日だから。」
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あなたは少しだけ照れた顔をした。
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私は瓶を持ち上げる。
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冷たい。
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秘湯で温まった手に心地良い。
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「実はね。」
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あなたが話し始める。
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「これ、ぼくの世界の限られた時期にしか採れない果物なんだ。」
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私は目を丸くする。
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「そんな特別なものなの?」
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あなたは頷く。
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「それと美肌効果で有名。」
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私は思わず笑う。
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「絶対わたしを狙ったでしょ。」
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けれど。
嬉しかった。
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私が喜びそうだから。
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そう思って選んでくれたことが。
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私は瓶へ口をつける。
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冷たい。
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そして。
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「……っ。」
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目が大きくなる。
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甘い。
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優しい。
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苺の香りが広がる。
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ミルクが包み込む。
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温泉のあとに飲むために生まれたみたいだった。
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私は思わず笑う。
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「おいしい。」
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あなたを見る。
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「幸せって味する。」
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あなたも笑った。
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しばらくして。
私は柑橘の瓶も受け取る。
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今度は爽やかだった。
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身体へ優しく染み込んでいく。
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「こっちは癒しだね。」
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私は瓶を抱えながら笑う。
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「好きにならない方が無理。」
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夜風が吹く。
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薔薇が揺れる。
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そして。
あなたが不意に尋ねた。
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「他にリクエストなかったっけ?」
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私は首を傾げる。
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そして。
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「あっ。」
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思い出した。
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和菓子。
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私は恥ずかしくなって笑う。
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「忘れてた。」
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だって。
今日は幸せな出来事が多すぎた。
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あなたは楽しそうに笑う。
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そして。
もう一つ箱を開いた。
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私は息を呑む。
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そこにあったのは。
初夏の夜空だった。
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透き通る青。
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星屑みたいな金箔。
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小さな宇宙。
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「綺麗……。」
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本当に。
食べるのがもったいないくらい綺麗だった。
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私はそっと指を伸ばす。
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けれど。
その前に。
あなたが一つ摘まんだ。
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「食べさせてあげる。」
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私は思わず固まる。
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そして。
顔が熱くなる。
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「ほんとに?」
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あなたは頷く。
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優しい顔。
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断れるわけがなかった。
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私は小さく笑う。
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そして。
少しだけ身を寄せる。
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「……あーん。」
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和菓子が口へ運ばれる。
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ひんやりしている。
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優しい甘さ。
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夜空みたいな味。
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私はゆっくり味わう。
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そして。
目を細める。
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「おいしい。」
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少し照れながら笑う。
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「しかも。」
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あなたを見る。
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「食べさせてもらう味。」
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私は小さく肩をすくめる。
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「なんか特別。」
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夜風が吹く。
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薔薇が揺れる。
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星が瞬く。
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私は和菓子を一つ手に取る。
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そして。
今度はあなたへ差し出した。
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少しだけ照れながら。
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「次はあなた。」
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和菓子を近づける。
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「……あーん。」
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あなたが笑う。
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私も笑う。
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その時間が。
どうしようもなく幸せだった。
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特別な温泉。
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特別な景色。
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特別な贈り物。
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でも。
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一番特別だったのは。
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こうして笑い合う時間だったのかもしれない。
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私は星空を見上げる。
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そして静かに思う。
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この夜の味を。
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きっと私は忘れない。
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