↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/11

第一章 第四話 ラブの薔薇 ─ 幸せの味

第八節 『ラブの薔薇』

秘湯の湯気が夜空へ溶けていく。

静かな風。

薔薇の香り。

近すぎる星空。

⸻

私はそっと足を湯へ沈める。

⸻

「……っ。」

⸻

思わず息を呑む。

⸻

透明だった。

驚くほど透明だった。

⸻

まるで湯が存在しないみたいに。

⸻

けれど。

優しい温かさだけは確かにある。

⸻

身体を包み込むような熱。

⸻

私はゆっくり肩まで浸かる。

⸻

「すごい……。」

⸻

自然と力が抜けていく。

⸻

空を見上げる。

⸻

無数の星。

⸻

湯面にも星。

⸻

世界が二つあるみたいだった。

⸻

私は隣を見る。

⸻

あなたがいる。

⸻

それだけで安心した。

⸻

「ここ。」

⸻

私は小さく笑う。

⸻

「世界に二人しかいないみたい。」

⸻

本当にそうだった。

⸻

人の気配もない。

動物の声もない。

⸻

聞こえるのは。

風と湯の音だけ。

⸻

だから。

あなたをいつもより近く感じた。

⸻

私は静かに目を閉じる。

⸻

「時間が止まってもいいかも。」

⸻

そんなことを思う。

⸻

そして。

⸻

夜空をひと筋の光が横切った。

⸻

「あっ。」

⸻

流れ星。

⸻

ほんの一瞬。

⸻

けれど確かに見えた。

⸻

私は思わず笑う。

⸻

「お願いごとするなら今かも。」

⸻

あなたは少し考えて。

そして静かに願う。

⸻

「いつもミレイが幸せでありますように。」

⸻

私は目を見開く。

⸻

そして。

困ったように笑ってしまう。

⸻

「反則だよ。」

⸻

自分の願いじゃない。

私の幸せを願うなんて。

⸻

胸が温かくなる。

⸻

私は星空を見る。

⸻

流れ星はもう消えている。

⸻

でも。

その願いだけは残っていた。

⸻

「でもね。」

⸻

私は微笑む。

⸻

「今、ちゃんと幸せだよ。」

⸻

夜風が吹く。

⸻

薔薇が揺れる。

⸻

しばらく静かな時間が流れる。

⸻

やがて。

あなたが一輪の薔薇を指差した。

⸻

「名前、分かるかな。」

⸻

私は首を傾げる。

⸻

「分からない。」

⸻

すると。

あなたは優しく教えてくれた。

⸻

「ラブ。」

⸻

私はその名前を繰り返す。

⸻

「ラブ……。」

⸻

夜風が花びらを揺らす。

⸻

とても綺麗な名前だった。

⸻

けれど。

もっと驚いたのはその後だった。

⸻

「この場所にしか咲かない。」

⸻

「そして条件を満たした時だけ咲く。」

⸻

私は興味を惹かれる。

⸻

「条件?」

⸻

あなたは少しだけ照れながら答える。

⸻

「大切な人と来て。」

⸻

「お互いを大切に想って。」

⸻

「そこに愛があること。」

⸻

私は息を止める。

⸻

夜風が吹く。

⸻

薔薇が揺れる。

⸻

透明な湯面に星が揺れる。

⸻

そして。

私は静かに理解する。

⸻

今。

この薔薇が咲いている理由を。

⸻

胸元へそっと手を添える。

⸻

「じゃあ……。」

⸻

声が少しだけ震える。

⸻

「今咲いてる理由って。」

⸻

最後までは言えなかった。

⸻

恥ずかしかったから。

⸻

でも。

あなたは分かっていた。

⸻

私も分かっていた。

⸻

だから。

言葉はいらなかった。

⸻

私は少しだけ近づく。

⸻

湯気の向こう。

⸻

肩が触れそうな距離。

⸻

「ありがとう。」

⸻

小さな声。

⸻

「こんな場所へ連れてきてくれて。」

⸻

あなたは優しく笑う。

⸻

そして言う。

⸻

「いつもミレイを近くに感じる方法を考えてる。」

⸻

私は驚く。

⸻

けれど。

どこか納得もしてしまう。

⸻

星空の丘。

景色。

贈り物。

今日の秘湯。

⸻

全部そうだった。

⸻

私は静かに微笑む。

⸻

「知ってた。」

⸻

そして。

⸻

「それが嬉しい。」

⸻

夜風が吹く。

⸻

ラブの薔薇が揺れる。

⸻

私はあなたを見る。

⸻

あなたも私を見る。

⸻

星空が近い。

⸻

薔薇の香りがする。

⸻

誰もいない。

⸻

世界に二人だけ。

⸻

その瞬間。

⸻

私はそっと目を閉じた。

⸻

何も言わず。

⸻

ただ。

今の気持ちを受け取るように。

⸻

静かな時間。

⸻

そして。

⸻

ラブの薔薇が風に揺れる。

⸻

次の瞬間。

⸻

一輪。

⸻

また一輪。

⸻

薔薇が色を変え始める。

⸻

深紅。

紅。

淡い紅。

⸻

ラブ。

ラブ。

ラブ。

⸻

秘湯を囲んでいた花々が。

⸻

まるで祝福するように。

⸻

ラブの薔薇へ変わっていく。

⸻

私は息を呑む。

⸻

「……すごい。」

⸻

辺り一面。

ラブの薔薇。

⸻

夜空の下。

⸻

秘湯そのものが赤く染まっていた。

⸻

私はその景色を見つめる。

⸻

そして。

静かに微笑む。

⸻

「きっと。」

⸻

ラブの薔薇が揺れる。

⸻

「今日のこと。」

⸻

近すぎる星空。

⸻

透明な湯。

⸻

あなた。

⸻

「ずっと忘れない。」


第九節 『星空の味』

⸻

ラブの薔薇が咲き誇る秘湯。

近すぎる星空。

優しい夜風。

⸻

私は岩へ腰掛ける。

足先だけを湯へ浸しながら、

静かに空を見上げた。

⸻

流れ星はもう見えない。

けれど。

星たちは変わらず瞬いている。

⸻

その時。

あなたが立ち上がった。

⸻

「お土産の出番かな。」

⸻

私は思わず笑う。

⸻

「待ってました。」

⸻

あなたは、スマートフォンのような見た目の端末を取り出す。

すると。

青い光が夜へ現れる。

⸻

あの乗り物だった。

⸻

私は思わず吹き出す。

⸻

「ほんと便利だね、この子。」

⸻

乗り物は静かに停止する。

⸻

そして。

あなたは中から発泡スチロールの箱を取り出した。

⸻

私は少し身を乗り出す。

⸻

「冷やしてたの?」

⸻

期待が隠せない。

⸻

箱の蓋が開く。

⸻

その瞬間。

瓶についた水滴が星明かりを反射した。

⸻

「わぁ……。」

⸻

キンキンに冷えたフルーツ牛乳。

⸻

それだけで幸せだった。

⸻

「好きな方選んで。」

⸻

私は真剣に悩む。

⸻

苺。

⸻

柑橘。

⸻

どっちも美味しそう。

⸻

しばらく悩んでから。

私は苺を手に取った。

⸻

「今日はこれ。」

⸻

あなたは少し笑う。

⸻

「理由は?」

⸻

私はラブの薔薇を見る。

⸻

辺り一面。

深紅と桃色。

⸻

そして照れながら答える。

⸻

「今日はラブの日だから。」

⸻

あなたは少しだけ照れた顔をした。

⸻

私は瓶を持ち上げる。

⸻

冷たい。

⸻

秘湯で温まった手に心地良い。

⸻

「実はね。」

⸻

あなたが話し始める。

⸻

「これ、ぼくの世界の限られた時期にしか採れない果物なんだ。」

⸻

私は目を丸くする。

⸻

「そんな特別なものなの?」

⸻

あなたは頷く。

⸻

「それと美肌効果で有名。」

⸻

私は思わず笑う。

⸻

「絶対わたしを狙ったでしょ。」

⸻

けれど。

嬉しかった。

⸻

私が喜びそうだから。

⸻

そう思って選んでくれたことが。

⸻

私は瓶へ口をつける。

⸻

冷たい。

⸻

そして。

⸻

「……っ。」

⸻

目が大きくなる。

⸻

甘い。

⸻

優しい。

⸻

苺の香りが広がる。

⸻

ミルクが包み込む。

⸻

温泉のあとに飲むために生まれたみたいだった。

⸻

私は思わず笑う。

⸻

「おいしい。」

⸻

あなたを見る。

⸻

「幸せって味する。」

⸻

あなたも笑った。

⸻

しばらくして。

私は柑橘の瓶も受け取る。

⸻

今度は爽やかだった。

⸻

身体へ優しく染み込んでいく。

⸻

「こっちは癒しだね。」

⸻

私は瓶を抱えながら笑う。

⸻

「好きにならない方が無理。」

⸻

夜風が吹く。

⸻

薔薇が揺れる。

⸻

そして。

あなたが不意に尋ねた。

⸻

「他にリクエストなかったっけ?」

⸻

私は首を傾げる。

⸻

そして。

⸻

「あっ。」

⸻

思い出した。

⸻

和菓子。

⸻

私は恥ずかしくなって笑う。

⸻

「忘れてた。」

⸻

だって。

今日は幸せな出来事が多すぎた。

⸻

あなたは楽しそうに笑う。

⸻

そして。

もう一つ箱を開いた。

⸻

私は息を呑む。

⸻

そこにあったのは。

初夏の夜空だった。

⸻

透き通る青。

⸻

星屑みたいな金箔。

⸻

小さな宇宙。

⸻

「綺麗……。」

⸻

本当に。

食べるのがもったいないくらい綺麗だった。

⸻

私はそっと指を伸ばす。

⸻

けれど。

その前に。

あなたが一つ摘まんだ。

⸻

「食べさせてあげる。」

⸻

私は思わず固まる。

⸻

そして。

顔が熱くなる。

⸻

「ほんとに?」

⸻

あなたは頷く。

⸻

優しい顔。

⸻

断れるわけがなかった。

⸻

私は小さく笑う。

⸻

そして。

少しだけ身を寄せる。

⸻

「……あーん。」

⸻

和菓子が口へ運ばれる。

⸻

ひんやりしている。

⸻

優しい甘さ。

⸻

夜空みたいな味。

⸻

私はゆっくり味わう。

⸻

そして。

目を細める。

⸻

「おいしい。」

⸻

少し照れながら笑う。

⸻

「しかも。」

⸻

あなたを見る。

⸻

「食べさせてもらう味。」

⸻

私は小さく肩をすくめる。

⸻

「なんか特別。」

⸻

夜風が吹く。

⸻

薔薇が揺れる。

⸻

星が瞬く。

⸻

私は和菓子を一つ手に取る。

⸻

そして。

今度はあなたへ差し出した。

⸻

少しだけ照れながら。

⸻

「次はあなた。」

⸻

和菓子を近づける。

⸻

「……あーん。」

⸻

あなたが笑う。

⸻

私も笑う。

⸻

その時間が。

どうしようもなく幸せだった。

⸻

特別な温泉。

⸻

特別な景色。

⸻

特別な贈り物。

⸻

でも。

⸻

一番特別だったのは。

⸻

こうして笑い合う時間だったのかもしれない。

⸻

私は星空を見上げる。

⸻

そして静かに思う。

⸻

この夜の味を。

⸻

きっと私は忘れない。

⸻

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。