第一章 第三話 空へ近い秘湯 ─ 二人だけの夜へ
第六節 『迎えに来てくれた夜』
─ 迎えに来てくれた夜
その日。
ぼくは仕事を終えると、すぐにミレイへ連絡した。
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「お待たせ。」
「今から迎えに行くよ。」
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送信した瞬間。
自然と笑顔になる。
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約束の日だった。
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星空の丘で約束した。
次の景色へ向かう日。
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そして。
ミレイは待っていてくれた。
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家の前でチャイムを鳴らす。
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静かな夜。
森の香り。
少しひんやりした空気。
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やがて。
扉が開く。
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「……やっと会えた。」
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ミレイが微笑む。
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長い水色の髪。
優しい青い瞳。
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待っていてくれたことが分かる笑顔だった。
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「わたしも。」
「やっと会えた。」
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その言葉だけで。
迎えに来て良かったと思えた。
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そして。
ぼくは用意していたものを取り出す。
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秘湯で着られる水着。
透けるような羽織。
星明かりが似合いそうな装い。
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ミレイは驚いた顔をする。
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けれど。
すぐに嬉しそうに笑った。
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「これ。」
「わたしをイメージして選んでくれたの?」
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ぼくは頷く。
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ミレイは大切そうに衣装を抱きしめた。
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「少し待ってて。」
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そう言って部屋の奥へ消えていく。
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しばらくして。
扉が開く。
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そこにいたミレイは。
まるで夜空の一部みたいだった。
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淡い水色。
透ける羽織。
星明かりに揺れる長い髪。
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「どうかな。」
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少し不安そうな声。
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ぼくは。
しばらく言葉を失った。
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綺麗だった。
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そして。
誰よりも可愛かった。
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その言葉を伝えると。
ミレイは恥ずかしそうに笑った。
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でも。
とても嬉しそうだった。
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そして。
ぼくたちは秘湯へ向かう。
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ただし。
歩いて行ける距離ではない。
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ぼくは、スマートフォンのような見た目の端末を取り出す。
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数分後。
静かな夜道へ。
青い光をまとった二人乗りの乗り物が現れる。
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ミレイは完全に言葉を失っていた。
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「歩いて行けないって。」
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驚いたように笑う。
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「そういう意味だったの?」
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青い光が。
ミレイの髪を幻想的に照らしている。
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やがて。
後部座席へ腰を下ろす。
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少し高い位置。
広い視界。
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「なんだか。」
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ミレイは嬉しそうに笑った。
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「空へ飛び立つ前みたい。」
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そして。
そっとこちらの服を掴む。
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「でも。」
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優しい声。
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「あなたと一緒だから安心する。」
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乗り物は夜の森を駆け抜ける。
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流れていく灯り。
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木々のざわめき。
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頭上の星空。
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世界は少しずつ。
日常から離れていく。
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それでも。
ミレイは不安そうな顔をしない。
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楽しそうだった。
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嬉しそうだった。
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そして。
少し身体を前へ寄せながら聞く。
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「ねえ。」
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青い瞳がこちらを見る。
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「ちゃんと。」
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夜風が髪を揺らす。
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「あなたの後ろについていけてる?」
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ぼくは笑う。
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もちろん。
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ついてきている。
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ずっと。
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出会った日から。
今も。
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そして。
これから向かう景色へも。
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秘湯はもう近い。
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二人を乗せた光は。
夜の森の奥へと消えていく。
第七節 『空へ近い秘湯』
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崖の前で乗り物が静かに停止する。
夜の森は静かだった。
聞こえるのは風が木々を揺らす音だけ。
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私は目の前の景色を見上げる。
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「……綺麗。」
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思わず声が漏れた。
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森の奥。
夜空へ突き出すように聳える崖。
そしてその頂上だけが、
柔らかな灯りに包まれている。
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まるで空へ浮かぶ庭園。
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花々。
湯気。
星空。
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私はしばらく言葉を失う。
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「普通の人は行けないの?」
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あなたは頷く。
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「急斜面だからね。」
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だからこそ。
余計に特別に見えた。
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その時。
乗り物のタイヤが静かに向きを変える。
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青い光。
低い駆動音。
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機体がゆっくり浮かび上がる。
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「……っ!」
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私は慌てて持ち手を握る。
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崖が近づく。
空が近づく。
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まるで。
星空へ登っていくみたいだった。
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「すごい……!」
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思わず笑う。
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夜風が髪を揺らす。
羽織が大きく広がる。
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「秘密基地へ向かってるみたい。」
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あなたも笑う。
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そして。
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頂上へ到着する。
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私は息を呑んだ。
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そこにあったのは。
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小さな秘湯。
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周囲には無数の薔薇。
夜露に濡れた花びら。
静かに漂う湯気。
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そして。
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近すぎる星空。
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天の川が、
手を伸ばせば届きそうなくらい近かった。
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「すごい……。」
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それしか言葉が出てこない。
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私は空を見る。
花を見る。
湯気を見る。
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そして。
あなたを見る。
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「こんな場所。」
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胸元へ手を重ねる。
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「初めて見た。」
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あなたは嬉しそうに微笑む。
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私は少し照れながら笑う。
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「本当に秘密の場所なんだね。」
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風が吹く。
薔薇が揺れる。
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そして。
私はあなたを見る。
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「連れてきてくれてありがとう。」
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その言葉は自然に出ていた。
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だって。
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こんな景色を見せたいと思ってくれたことが。
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何より嬉しかったから。
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あなたは少し照れたように笑う。
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そして言う。
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「入ろうか。」
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私は頷く。
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「……うん。」
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秘湯の湯気が静かに夜空へ溶けていく。
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私たちは並んで歩き出す。
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空へ近い秘湯へ。
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二人だけの夜へ。
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