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第9話 すれ違う日々の中で

 澪と「距離を置く」と決めてから、三日が経っていた。


 教室では相変わらず、他人同士のふりを続けている。休み時間に目が合っても、お互いにすっと視線を逸らす。それだけのことなのに、この三日間はやけに長く感じられた。


 放課後、委員会の作業で顔を合わせても、必要最低限の言葉しか交わさない。


「内装の布地、こっちで大丈夫ですか」

「うん、それでお願いします」


 事務的なやり取りだけが続く。三上や健人がいる手前、当然の距離感のはずなのに、澪の声のトーンがどこかよそよそしく感じられて、俺は胸の奥がちくりと痛むのを感じていた。


「――なあ、悠人。最近、雨宮さんとぎこちなくないか?」


 作業の合間、段ボールを運びながら健人がぽつりと聞いてきた。鋭い指摘に、俺は思わず段ボールを落としそうになる。


「べ、別に。いつも通りだろ」

「いや、絶対おかしい。前は委員会中、たまに軽口叩き合ってたのに、この数日、事務連絡しかしてないじゃん」


 健人の観察力の鋭さに、内心で舌打ちしたくなる。誤魔化そうとしたところで、横から三上が会話に入ってきた。


「健人の言う通りだと思うぞ。何かあったのか?」


 三上の声には、からかうような響きはなく、純粋な気遣いが滲んでいた。あの謝罪の一件以来、三上とは前より話しやすくなった気がする。


「……色々あって。今は、ちょっと距離を置いてるだけだ」

「距離を置いてる、ってことは、やっぱり何かあったんだな」


 三上は納得したように頷くと、それ以上は深く追及してこなかった。その代わり、こう付け加えた。


「文化祭まで、あと二週間ちょっとだろ。それまでにこじれたままだと、クラスの出し物の準備にも支障出るし……まあ、俺にできることがあったら言えよ」


 思いがけない申し出に、俺は少し驚きながらも小さく頷いた。三上は本当に、周りをよく見ている奴だった。


  *


 その日の夜、スマホを見つめながら、俺は何度もメッセージを打っては消していた。


『元気にしてるか』

『無理してないか』


 どれも送るには気恥ずかしくて、結局、何も送れないまま画面を閉じた。距離を置くと決めたのは澪自身だけれど、こうして本当に連絡を絶ってしまうと、想像以上に堪える。


 三年前、引っ越しで離れ離れになったときと、感覚が少し似ていた。あのときも、繋がっているはずのスマホの画面が、こんなにも遠く感じられた。


  *


 数日後の放課後、内装班と備品調達班の合同作業で、教室に残っていたときのことだった。作業を終えた三上と健人が先に帰り、教室には俺と澪の二人だけが残された。


 気まずい沈黙が流れる。段ボールを片付ける音だけが響いていた。


「――あの、ユウ」


 先に口を開いたのは澪だった。俺は思わず手を止めて振り返る。


「なんだよ」

「その、噂のこと。まだ広がってるみたいで気を遣わせて、ごめんね」


 澪の声は、いつもより小さかった。うつむき加減の横顔に、この数日間、彼女も同じように苦しんでいたのだと分かる。


「謝るなよ、前にも言っただろ」

「うん……でも」


 澪は言葉を探すように、しばらく黙り込んだ。それから、意を決したように顔を上げた。


「実は、保科さんに聞いてみたの。噂について、どう対応すればいいか」

「――え」


 思わず身構える。あの厳しいマネージャーの名前が出て、心臓が跳ねた。


「怒られるかと思ったんだけど……保科さん、意外と冷静だった。『ただの学校の噂なら、下手に否定して騒ぎを大きくする方が危ない。時間が経てば自然に収まる』って」


 澪は少しほっとしたように微笑んだ。


「それに、こうも言われた。『あなたが本当に大事にしたいものがあるなら、それを隠し通す方法を、ちゃんと自分で考えなさい』って」


 その言葉に、俺は驚いて澪を見た。あの厳格なマネージャーが、そんな風に背中を押してくれるとは思ってもいなかった。


「だから、その……もう少しだけ、距離を置く期間を続けさせてほしいんだけど」

「――ああ」

「でも、文化祭が終わる頃には、ちゃんと元に戻りたい。ううん、元に戻るだけじゃなくて」


 澪はそこで一度言葉を切って、頬をわずかに赤らめた。


「もっと、ちゃんと考えたいの。ユウとのこと」


 その一言に、俺は息を呑んだ。「もっと、ちゃんと考えたい」という言葉の意味を、聞き返すことができないくらい、胸がいっぱいになっていた。


「……分かった。文化祭まで、あと少しだもんな」

「うん。それまでの辛抱」


 澪は小さく笑った。三年前と同じ、屈託のない笑顔だった。少しだけ、肩の力が抜けた気がする。


 教室の窓から差し込む夕日が、二人の間の段ボールの山をオレンジ色に染めていた。距離を置いていても、こうして本音を交わせる瞬間があるだけで、十分に救われる気がした。


 この日を境に、俺たちの間に流れる空気は、少しだけ柔らかくなった。まだ「距離」は続いているけれど、その先にある文化祭という区切りに向けて、俺たちは確かに、また一歩近づき始めていた。

 第9話まで読んでくださって、ありがとうございます!


 距離を置く中でも、少しずつ本音が交わされる回になりました。保科さんの意外な優しさや、澪の「もっと、ちゃんと考えたい」という一言に、次への期待を感じていただけたら嬉しいです。文化祭本番に向けて、物語もいよいよ動き出します。


 ブックマーク・評価、いつも励みになっています。次話もお楽しみに。

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