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第7話 二人だけの買い出し

 土曜日の朝、集合場所の駅前に着くと、そこにいたのは健人ではなく、私服姿の澪だった。


「……あれ、健人は?」

「今朝、バイトのシフト代わってほしいって連絡来たんだって。だから、代わりに私が来た」


 聞けば、備品調達班と内装班で買うものが被っているホームセンターがあるから、効率を考えて今日はまとめて二人で回ることになった――ということらしい。三上には別件の用事があり、結果として、この土曜日の買い出しは俺と澪の二人だけになってしまったのだった。


「委員会の活動、だもんな。別に、変じゃない、よな」


 自分に言い聞かせるように呟くと、澪はくすりと笑った。


「そう。ただの委員会活動。誰に見られても、何もおかしくない」


 その言い方に、どこか含みがあるように聞こえたのは、気のせいだろうか。私服姿の澪は、いつもの制服とはまた違う、少し大人びた雰囲気を纏っていた。淡い色のワンピースに、髪をハーフアップにまとめている。思わず見惚れてしまいそうになって、慌てて視線を逸らした。


「なに、じろじろ見て」

「べ、別に見てない」

「嘘。ちゃんと見てた」


 からかうような口調に、耳が熱くなるのを感じる。三年前は、こんな風に女の子として意識することなんてなかったはずなのに。


 二人で並んで歩き出すと、澪が横からそっと囁いてきた。


「今日だけは、周りに他人のふりしなくていいから、ちょっと得した気分」

「委員会活動だからな」

「うん、委員会活動だから」


 言い訳のように繰り返す響きが、どこか可笑しくて、俺も小さく笑ってしまった。


  *


 ホームセンターでは、内装用の布地や造花、看板用の木材などを一つずつ手に取りながら、二人であれこれ相談した。


「このピンクの布、可愛くない?」

「カフェっぽくないだろ、それ」

「えー、可愛ければ何でもいいと思う」

「センスが独特すぎるだろ」


 軽口を叩き合いながらカートを押していると、まるで普通のカップルが買い物をしているみたいだ、とふと思ってしまい、一人で勝手に照れくさくなった。


 備品リストを片手に店内を回っていると、不意に澪が足を止めた。視線の先には、文房具コーナーの棚があった。


「――懐かしい」


 澪が手に取ったのは、昔よく使っていたのと同じメーカーの色鉛筆セットだった。


「小学生の頃、これで一緒に絵日記描いたよな」

「うん。ユウ、いつも空の色間違えてたよね。青じゃなくて、水色使うところ」

「そんな細かいこと覚えてんのかよ」


 思い出話に花を咲かせながら、俺たちはゆっくりと店内を回った。買い物というより、まるで小さな遠足のようだった。


 昼過ぎ、荷物がひと通り揃ったところで、駅前のカフェで一休みすることにした。窓際の席に向かい合って座ると、澪はほっと息をついた。


「こういうの、久しぶり」

「買い物?」

「ううん。誰の目も気にせず、ユウとどこかに出かけるの」


 澪の言葉に、俺も同じ気持ちだったことに気づかされる。振り返ってみれば、三年間、こんな風に二人で出歩くことなんて一度もなかった。


「これからも、たまにはこういう時間、作れたらいいんだけどな」

「うん。委員会活動って言い訳、また使えないかな」

「都合よすぎるだろ、それ」


 二人で笑い合っていると、ふと店の入り口に見覚えのある人影が現れた。三上だった。


「あれ、雨宮さんと相馬? なんで一緒にいるの」


 突然の登場に、俺は思わず身を硬くした。澪は一瞬だけ動揺した様子を見せたものの、すぐにいつもの愛想のいい笑顔に切り替える。


「あ、三上くん。委員会の買い出しで一緒になって、休憩してたところ」

「ふうん、そうなんだ」


 三上は少し意外そうな顔をしながらも、すんなりと納得した様子だった。


「俺もこの後、買い出し予定だったんだけど、もう終わった感じ?」

「うん、大体揃ったよ。リストはあとで共有するね」

「了解。じゃあ、また月曜日」


 三上はそう言って、軽く手を振りながら店を出て行った。その後ろ姿を見送りながら、俺は詰めていた息をようやく吐き出した。


「……焦った」

「私も。でも、うまく誤魔化せたと思う」


 澪はそう言いながらも、少し表情が硬いままだった。


「大丈夫か?」

「うん。ただ……もし本当に噂になったら、って考えると、やっぱり怖くなる時がある」


 その声には、いつもの気丈さの下に隠れた、本当の不安が滲んでいた。俺はテーブルの上で、澪の手にそっと自分の手を重ねた。


「大丈夫。何があっても、俺がちゃんとフォローする」

「……ユウ」


 澪は驚いたように目を見開いたあと、ふっと表情を緩めて、小さく頷いた。


「うん。信じてる」


 窓の外では、土曜日の午後の穏やかな光が、通りを行き交う人々を照らしていた。この何気ない時間が、これからも続いていけばいいと、俺は心から思っていた。


 けれど、この日の出来事は、思わぬところで小さな波紋を広げることになる。三上が何気なく友人に漏らした「雨宮さんと相馬、二人で買い物してたんだよな」という一言が、月曜日の教室で、静かに噂として広まり始めていることを、俺たちはまだ知らなかった。

 第7話まで読んでくださって、ありがとうございます!


 二人だけの買い出しデート(?)、いかがでしたでしょうか。三上くんとの遭遇でヒヤリとする場面もありましたが、次話では、その小さな噂が教室でどう広まっていくのかを描く予定です。


 いつもブックマーク・評価をありがとうございます。次話もお楽しみに。

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