結果は、放課後の公園で
火曜の朝から、俺は何も手につかなかった。
「悠人、お前さっきから同じページ、三回めくってるぞ」
隣の席の健人に指摘されて、ようやく自分が教科書の同じ箇所を行ったり来たりしていたことに気づく。
「――ちょっと考え事をしてた」
「考え事ねえ。あ、わかった、昼飯のことだろ」
「違う」
「じゃあ夕飯だ」
「食い物から離れろ」
健人はけらけらと笑ったが、すぐ後ろの席からは、澪がいつも通りノートを取る気配が伝わってきた。ただ、シャープペンの動きが、いつもより少しだけ速い気がした。
*
昼休みの終わりごろ、スマホが一度だけ震えた。
『放課後、公園』
たったそれだけの澪のメッセージに、午後の授業は一文字も頭に入ってこなかった。
*
あの公園のブランコには、先に澪が座っていた。
「――お待たせ」
「ううん。私も、さっき来たところ」
澪はブランコを小さく揺らしながら、しばらく空を見上げていた。それから、ゆっくりと俺の方を向く。
「お昼休みにね、保科さんから電話があったの」
喉の奥が、ごくりと鳴った。
「選ばれたよ、私」
「――え」
「来年の春から放送されるアニメの主題歌。最終選考、私が一番だったって」
一瞬、世界から音が消えた。次の瞬間、澪は立ち上がって、両手で俺の袖をぎゅっと掴んだ。
「聞いてる? ユウ、聞こえてる?」
「き、聞こえてる。聞こえてるけど、その、あの」
おめでとう、と言うつもりだった。なるべく落ち着いた声で、大人っぽく。
「お、お、おめでとう」
見事に、声が裏返った。
その拍子に、足元で丸まっていた野良猫がびくりと飛び起きて、そのまま茂みの奥へ逃げていった。
「……猫に逃げられた」
「あの子、いつも逃げ足だけは速いよね」
澪が肩を震わせて笑い出す。笑いながら、その目尻にうっすらと涙がにじんでいるのが見えた。
「ユウ、泣いてる?」
「泣いてない。花粉だ」
「もう冬だぞ?」
「……暖冬なんだよ」
二人で顔を見合わせて、声を上げて笑った。笑いながら、俺は心の底から思った。三年前に離れ離れになった幼馴染が、今、こうして自分の力で、夢の入り口に立っている。
*
「ただね、ひとつだけ条件があるの」
笑いがおさまったあと、澪は少しだけ表情を引き締めた。
「正式な発表は、年明けのアニメの制作発表会まで。それまでは、誰にも言っちゃいけないんだって。学校の友達にも、もちろん」
「――わかった。俺は絶対に言わない」
「うん。ユウにだけは、一番に話したかったの」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。夕焼けの公園で、俺は手の中の小さなお守りを、もう一度、そっと握りしめた。
第51話まで読んでくださって、ありがとうございます!
ついに最終選考の結果が明らかになりました。声が裏返る悠人と、逃げ出す猫のコンビ、いかがでしたでしょうか。次話からは、「秘密にしなければならない大きな嬉しさ」を抱えた日々が始まります。
いつもブックマーク・評価をありがとうございます。次話もお楽しみに。




