最終選考、当日(澪視点)
早朝の新幹線のホームは、まだ人もまばらだった。保科さんは隣で、いつも通り無表情を装っていたけれど、いつもより少しだけ、コーヒーを飲むペースが早い気がした。
「――保科さんも、緊張してる?」
「まさか。ただ、今日は寝不足なだけ」
そっけない返事の奥に、隠しきれない気遣いがあるのは、もう十分に分かっていた。私は小さく笑って、鞄の中のお守りにそっと触れた。文化祭の端材を削って作った、小さな丸いお守り。ユウにも同じものを渡してある。
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本社スタジオの控室には、既に何人かの候補者が集まっていた。皆、明らかに場慣れした雰囲気を纏っている。中には、雑誌やSNSで見覚えのある顔もあった。
「――緊張してる?」
隣の席に座った、同じくらいの年齢の女の子が声をかけてきた。
「はい、正直かなり」
「私も。何度受けても、この空気だけは慣れないんだよね」
彼女は苦笑しながら、それでも柔らかい笑顔を見せてくれた。敵ではなく、同じ緊張を抱えた仲間なのだと、その一言で少しだけ肩の力が抜けた。
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審査本番、ステージの照明は想像していたよりもずっと眩しかった。審査員席には、これまで見た誰よりも厳しい表情の大人たちが並んでいる。
――よし、いくよ。
いつもの合図を、心の中でそっと呟く。ユウの顔を思い浮かべながら、私は伴奏に合わせて歌い始めた。
文化祭の日々。予算オーバーを乗り越えた達成感。保科さんに自分の言葉で気持ちを伝えた勇気。そして、あの公園で交わした、確かな約束。歌詞の一つ一つに、これまで積み重ねてきたすべての瞬間を、乗せていくような気持ちだった。
歌い終えた瞬間、スタジオはしばらく静まり返っていた。
「――ありがとうございました」
審査員の一人がそう言うと、他の何人かも小さく頷いている。手応えがあったのかどうか、正直まだ自分では分からない。それでも、今できることは、すべて出し切れたという確信だけはあった。
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控室に戻ると、さっきの女の子が声をかけてきた。
「――お疲れ様。すごく良かったよ、今の歌」
「ありがとう。あなたの番も、頑張って」
「うん。結果、どうであれ、また会えたらいいね」
ライバルであるはずの相手と、そんな言葉を交わせたことが、なんだか不思議と嬉しかった。
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すべての候補者の審査が終わり、スタジオを後にする頃には、外はすっかり夕暮れになっていた。保科さんが珍しく、優しい声で言った。
「――今日は、よくやった」
「結果、まだ分からないのに」
「結果に関係なく。今日のあなたは、ちゃんと自分の歌を歌えてた」
その言葉に、目の奥が熱くなる。
帰りの新幹線の中、私はスマホを取り出して、ユウにメッセージを送った。
『今、終わった』
短い一文を送ってから、窓の外に流れる夜景をぼんやりと眺める。結果はまだ分からない。それでも、今日という日を、悔いなく歌い切れたことに、確かな充実感があった。
文化祭を通して積み重ねてきたものが、こうして遠く離れたステージの上でも、私を支えてくれていた。そのことを、私は改めて、深く実感していた。
第49話まで読んでくださって、ありがとうございます!
今回は澪視点で最終選考当日をお届けしました。ライバルとの温かい交流や、保科さんの不器用な優しさなど、緊張感の中にも様々な感情を詰め込みました。次話では、悠人視点に戻って、結果を待つ日々を描いていきます。
いつもブックマーク・評価をありがとうございます。次話もお楽しみに。




