前夜、あの公園で
最終選考を翌日に控えた金曜日の放課後、俺たちはいつものように、あの公園で待ち合わせていた。
「――明日、いよいよだな」
「うん。今日の夜行の新幹線で東京入りして、明日の午後が本番」
澪の声は、これまでで一番落ち着いていた。二次審査の前夜とは、明らかに違う空気があった。
「――今日は、あんまり緊張してないみたいだな」
「不思議とね。怖くないわけじゃないけど、なんていうか、今できることは全部やったって思えてる」
澪はブランコを軽く揺らしながら、夕焼けを見つめた。
「東京に通ってレッスン受けて、他の候補者のこと考えて眠れない夜もあったけど……最後は結局、澪にしか歌えない歌を歌うしかないんだって、ユウに言われたの、ずっと支えになってた」
「――そんな大層なこと言ったつもりはなかったけどな」
「大層なことだよ、私にとっては」
澪はそう言って、まっすぐに俺を見た。
「――明日、行ってくる。結果がどうであれ、ちゃんと自分の全部を出してくる」
「ああ。信じてる」
*
その時、公園の入り口から見覚えのある声が響いた。
「――お、二人とも、こんな時間まで何してんの?」
健人だった。塾帰りらしく、参考書の入った鞄を肩にかけている。
「別に、少し話してただけだ」
「ふうん。――そういえば、雨宮さん、明日また『資格試験』だっけ」
久しぶりに聞くその単語に、俺と澪は思わず顔を見合わせた。澪が小さく吹き出す。
「――うん、そんな感じ。最後の、一番大事な試験」
「そっか。頑張れよ。俺も明日、模試だから、お互い頑張ろうな」
健人はそう言うと、片手を挙げて塾へと向かっていった。その後ろ姿を見送りながら、澪がぽつりと呟いた。
「――『資格試験』、これで本当に最後かもね」
「ああ。次からは、ちゃんと本当のこと、話せる日が来るといいな」
「うん。いつか、絶対に」
その言葉には、これまでよりも確かな覚悟が滲んでいた。
*
別れ際、澪が少し照れくさそうに、小さな紙切れを差し出してきた。
「――これ、お守り代わりに。持ってて」
受け取ったそれは、文化祭の飾りに使った端材の切れ端を、小さく丸く削ったものだった。
「――まさか、まだ持ってたのか、これ」
「大事に取っておいたの。明日は、私の分だけ持っていくから、これはユウの分」
照れくさそうに笑う澪を見て、俺は思わず頬が緩むのを感じた。
「――絶対に、成功させような」
「うん。行ってきます」
夕闇の中、澪は小さく手を振ると、駅の方へと歩いていった。その後ろ姿を見送りながら、俺は手の中の小さなお守りを、そっと握りしめた。
*
その夜、澪から短いメッセージが届いた。
『これから新幹線乗る』
『気をつけてな。着いたら連絡くれ』
『うん。――ユウ、ありがとう。今までずっと』
いつになく素直なその言葉に、俺はしばらく画面を見つめたまま、何も言えずにいた。明日という日が、俺たちにとって、どんな意味を持つ一日になるのか――今はまだ、誰にも分からなかった。
第48話まで読んでくださって、ありがとうございます!
最終選考前夜、これまでの積み重ねが二人の間にしっかりとした絆として結実した回になりました。「資格試験」ネタも、今回で本当に最後になりそうです。次話はいよいよ最終選考当日、澪視点でお届けします。
いつもブックマーク・評価をありがとうございます。次話もお楽しみに。




