プレッシャーの中で
最終選考まで、残り二週間を切っていた。
澪の東京通いは、ほぼ毎週末の習慣になっていた。レッスンの内容も、歌唱指導だけでなく、表現力やステージでの立ち振る舞いにまで及んでいるらしい。
「――今日、保科さんから聞いたんだけど、他の候補者の中に、もう何度もオーディションの経験がある子とか、事務所推しの子とかもいるみたいで」
放課後、あの公園でそう話す澪の表情には、隠しきれない不安がにじんでいた。
「――比べられるの、しんどいか」
「うん。実力はもちろん大事だけど、それだけじゃない部分でも評価されるんだって思うと、正直、怖くなる時がある」
澪の声は、これまで見せてきたどんな緊張とも違う、重みのあるものだった。俺は少し考えたあと、ゆっくりと口を開いた。
「――澪、比べられる相手が誰だろうと、澪にしか歌えない歌が、ちゃんとあるんじゃないか。二次審査の時、『大切な人との日常』を思い浮かべて歌ったって言ってただろ」
「――覚えてたんだ、それ」
「忘れるわけないだろ、大事なことなんだから」
澪はしばらく黙って俺を見つめたあと、小さく笑った。
「――そういう、地味に励ましてくるところ、本当にずるい」
「もう何回目だよ、それ」
軽口を交わしながらも、澪の表情には少しだけ余裕が戻ってきたように見えた。
*
その週末、保科さんから澪を通じて、最終選考の当日の流れについて詳しい説明があった。
「――当日は朝から東京入りして、リハーサル、その後審査本番。結果は即日発表じゃなくて、後日改めて連絡が来る形式になったって」
「即日じゃないのか」
「うん。審査員内での協議に時間がかかるみたい。だから、当日は歌い終わったら、ひとまずすっきりして帰ってこれると思う」
澪はそう言って、少し無理をしたような笑顔を見せた。結果を待つ時間が、また長く続くことになるのだと、俺は改めて実感した。
*
教室では、相変わらず健人が実力テストの結果に一喜一憂していた。
「――見てくれよ、悠人。数学、まさかの赤点回避!」
「良かったな、集中力金魚並みなのに」
「その言い方やめろ、地味に傷つく」
三上が横から「小テストの範囲、結局勉強したんだな」と感心すると、健人は誇らしげに胸を張った。こういう賑やかな日常が、澪の緊張を和らげる、ささやかな息抜きになっているのが分かった。
「――健人くんのおかげで、今日も少し笑えた」
「あいつの存在、地味に貴重だよな」
澪はくすくすと笑いながら、少しだけ肩の力を抜いていた。
*
その夜、メッセージの最後に、澪から静かな一文が届いた。
『比べられるの、正直まだ怖い』
『でも、澪にしか歌えない歌があるって、俺は信じてる』
『――うん。ありがとう』
『前日、ちゃんと会えるように予定空けとく』
『うん。その時は、また色々話聞いてほしい』
最終選考という大きな壁を前に、澪のプレッシャーは日に日に増していた。それでも、その隣に寄り添う覚悟を、俺は改めて固めていた。
第47話まで読んでくださって、ありがとうございます!
最終選考が近づき、他の候補者との比較に揺れる澪の心情を描きました。健人の赤点回避エピソードなど、くすっと笑える日常も交えつつ、次話ではいよいよ最終選考前夜を迎えます。
いつもブックマーク・評価をありがとうございます。次話もお楽しみに。




