リレーと、それぞれの意地
クラス対抗リレーは、体育祭の目玉種目として、午後の一番良い時間帯に組まれていた。俺は備品係の仕事を一区切りつけて、なんとかグラウンド脇から観戦できる位置を確保していた。
「――澪、アンカーなのか」
選手紹介のアナウンスで、澪の名前が最終走者として呼ばれる。隣で健人が興奮気味に叫んだ。
「マジかよ、雨宮さんアンカーとか、めちゃくちゃプレッシャーかかるやつじゃん!」
「――お前が緊張してどうする」
三上が呆れたように突っ込むが、健人は聞く耳を持たず、応援団の旗を振り回して盛り上がっている。
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スタートの号砲が鳴り、各クラスの走者が次々とバトンを繋いでいく。俺たちのクラスは中盤まで団子状態だったが、第三走者のミスで一瞬順位を落とした。
「――あちゃあ、これは厳しいか」
健人が頭を抱える横で、俺は最終走者にバトンが渡る瞬間を、息を詰めて見守っていた。
バトンを受け取った澪が、ふっと短く息を吐く。その一瞬、口の動きで「――よし、いくよ」と呟いたのが見えた。小学生の頃、かけっこの前に必ず口にしていた、澪だけの合図だった。
次の瞬間、澪の走りが変わった。
足の運びが、それまでとは明らかに違う。じりじりと前の走者との差を詰めていくその姿に、グラウンド全体がどよめき始めた。
「うおおお、雨宮さん速すぎだろ!」
健人の絶叫にも似た声援が響く中、澪は最後の直線で見事に前の走者を交わし、そのままゴールテープを切った。
「――やった、一位だ!」
三上が思わず拳を突き上げる。応援団の面々も一斉に沸き立ち、俺も気づけば声を上げて喜んでいた。
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午後の種目の締めくくりは、俺たちのクラスも参加する綱引きだった。健人と同じ組に入った俺は、開始早々、健人が号令のタイミングを盛大に間違えて、味方が全員つんのめるという珍事件を目撃することになった。
「――健人、お前『せーの』の『の』でどっち側に体重かけるつもりだったんだよ」
「い、いや、勢いでつい」
結局そのクラスは僅差で綱引きに負けてしまったが、誰も本気で健人を責める様子はなかった。負けた悔しさよりも、笑いの方が勝っていたからだ。
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閉会式のあと、汗だくのまま帰り支度をしていると、澪がタオルで顔を拭きながら近づいてきた。
「――見た? リレー」
「見た。すごかったな、まさかあそこまで差を詰めるとは思わなかった」
「昔と同じ合図、使ったんだよ。『よし、いくよ』って」
やっぱり気づかれていたか、と俺は苦笑した。三年経っても変わらない澪の癖に、妙な感慨を覚える。
「――今日の宣戦布告、達成できたか」
「うん。ちゃんと、いいところ見せられたと思う」
誇らしげに笑う澪の顔は、汗と土埃で少し汚れていたけれど、今日一番輝いて見えた。
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その夜、届いたメッセージには、まだ興奮の余韻が残っていた。
『今日、めちゃくちゃ楽しかった』
『ああ。健人の綱引き事件も込みでな』
『あれは同情する。でも、笑っちゃった』
『足、痛くないか』
『ちょっと筋肉痛の予感。でも、いい疲れ』
文化祭とはまた違う形で、俺たちのクラスの絆は、この一日でさらに深まった気がした。そして、その賑やかな日常の裏側では、澪にとっての次の大きな挑戦――最終選考の足音が、少しずつ近づいてきていた。
第42話まで読んでくださって、ありがとうございます!
澪の見事なアンカー逆転劇と、健人の綱引き事件、いかがでしたでしょうか。「よし、いくよ」という澪だけの合図は、実は次話以降にもちょっとした形で関わってくる予定です。次話からは、いよいよ最終選考に向けた準備が本格化していきます。
いつもブックマーク・評価をありがとうございます。次話もお楽しみに。




