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リレーと、それぞれの意地

 クラス対抗リレーは、体育祭の目玉種目として、午後の一番良い時間帯に組まれていた。俺は備品係の仕事を一区切りつけて、なんとかグラウンド脇から観戦できる位置を確保していた。


「――澪、アンカーなのか」


 選手紹介のアナウンスで、澪の名前が最終走者として呼ばれる。隣で健人が興奮気味に叫んだ。


「マジかよ、雨宮さんアンカーとか、めちゃくちゃプレッシャーかかるやつじゃん!」

「――お前が緊張してどうする」


 三上が呆れたように突っ込むが、健人は聞く耳を持たず、応援団の旗を振り回して盛り上がっている。


  *


 スタートの号砲が鳴り、各クラスの走者が次々とバトンを繋いでいく。俺たちのクラスは中盤まで団子状態だったが、第三走者のミスで一瞬順位を落とした。


「――あちゃあ、これは厳しいか」


 健人が頭を抱える横で、俺は最終走者にバトンが渡る瞬間を、息を詰めて見守っていた。


 バトンを受け取った澪が、ふっと短く息を吐く。その一瞬、口の動きで「――よし、いくよ」と呟いたのが見えた。小学生の頃、かけっこの前に必ず口にしていた、澪だけの合図だった。


 次の瞬間、澪の走りが変わった。


 足の運びが、それまでとは明らかに違う。じりじりと前の走者との差を詰めていくその姿に、グラウンド全体がどよめき始めた。


「うおおお、雨宮さん速すぎだろ!」


 健人の絶叫にも似た声援が響く中、澪は最後の直線で見事に前の走者を交わし、そのままゴールテープを切った。


「――やった、一位だ!」


 三上が思わず拳を突き上げる。応援団の面々も一斉に沸き立ち、俺も気づけば声を上げて喜んでいた。


  *


 午後の種目の締めくくりは、俺たちのクラスも参加する綱引きだった。健人と同じ組に入った俺は、開始早々、健人が号令のタイミングを盛大に間違えて、味方が全員つんのめるという珍事件を目撃することになった。


「――健人、お前『せーの』の『の』でどっち側に体重かけるつもりだったんだよ」

「い、いや、勢いでつい」


 結局そのクラスは僅差で綱引きに負けてしまったが、誰も本気で健人を責める様子はなかった。負けた悔しさよりも、笑いの方が勝っていたからだ。


  *


 閉会式のあと、汗だくのまま帰り支度をしていると、澪がタオルで顔を拭きながら近づいてきた。


「――見た? リレー」

「見た。すごかったな、まさかあそこまで差を詰めるとは思わなかった」

「昔と同じ合図、使ったんだよ。『よし、いくよ』って」


 やっぱり気づかれていたか、と俺は苦笑した。三年経っても変わらない澪の癖に、妙な感慨を覚える。


「――今日の宣戦布告、達成できたか」

「うん。ちゃんと、いいところ見せられたと思う」


 誇らしげに笑う澪の顔は、汗と土埃で少し汚れていたけれど、今日一番輝いて見えた。


  *


 その夜、届いたメッセージには、まだ興奮の余韻が残っていた。


『今日、めちゃくちゃ楽しかった』

『ああ。健人の綱引き事件も込みでな』

『あれは同情する。でも、笑っちゃった』

『足、痛くないか』

『ちょっと筋肉痛の予感。でも、いい疲れ』


 文化祭とはまた違う形で、俺たちのクラスの絆は、この一日でさらに深まった気がした。そして、その賑やかな日常の裏側では、澪にとっての次の大きな挑戦――最終選考の足音が、少しずつ近づいてきていた。


 第42話まで読んでくださって、ありがとうございます!


 澪の見事なアンカー逆転劇と、健人の綱引き事件、いかがでしたでしょうか。「よし、いくよ」という澪だけの合図は、実は次話以降にもちょっとした形で関わってくる予定です。次話からは、いよいよ最終選考に向けた準備が本格化していきます。


 いつもブックマーク・評価をありがとうございます。次話もお楽しみに。


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