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第39話 もう少しで、気づきかけた話

 体育祭の練習が本格化するある日、健人が教室でスマホの画面を見ながら唸っていた。


「――なあ、これ聴いてみてくれよ。Rinの新曲、ついに配信されたんだけど」


 差し出されたイヤホンの片耳を、なんとなく受け取って耳に当てる。流れてきたのは、確かに聞き覚えのある――というより、隣の席で毎日聞いている声そのものだった。


「――どう思う?」

「い、いい曲だと思う」


 動揺を悟られないよう、平静を装って答える。健人は満足げに頷きながら、なおも語り続けた。


「この曲、なんか前にも増して、歌声に説得力あるっていうか。大事な人のこと歌ってるような、そんな感じがするんだよな」


 その感想が、あまりにも図星すぎて、俺は思わず変な声を出しそうになった。澪が最終選考で「大切な人との日常」を思い浮かべて歌ったと言っていたのを、俺は思い出す。


「――健人、お前、意外と鋭いこと言うよな」

「だろ? 俺のRin考察、結構当たってると思うんだよな」


 健人は得意げに胸を張った。だがその直後、ふと真顔になって続けた。


「――そういえばさ、この曲聴いてて思ったんだけど」

「な、なんだよ」

「雨宮さんの歌声と、ちょっと似てる気がするんだよな。前にカラオケで歌った時も思ったけど」


 心臓が跳ねる。ちょうどそのタイミングで、澪が教室に戻ってきた。健人はスマホの画面を澪に向けて見せる。


「雨宮さん、これ聴いてみてよ。俺、この曲とお前の歌声、似てる気がするんだけど」


 澪は一瞬だけ固まったが、すぐにいつもの澄まし顔を作った。


「――え、そうかな。プロの歌手と比べられるの、光栄だけど」

「いや、マジで似てるんだよなあ。声質っていうか、歌い方の癖っていうか」


 健人はイヤホンを耳に当てたまま、何度も曲を聴き返している。俺は横で、心臓がばくばくと音を立てるのを感じながら、必死に平静を装っていた。


  *


 その時、廊下から三上が慌てた様子で顔を出した。


「健人、大変だ! 応援団の振り付け動画、体育の先生に見られて、職員室に呼び出されてる!」

「――は? なんで!」

「知らんけど、多分あの謎ポーズが問題視されたんだろ」


 健人は「マジかよ!」と叫びながら、スマホをポケットに突っ込んで慌てて教室を飛び出していった。あれほど熱心だった「歌声考察」は、あっという間に頭から消え去ったらしい。


「――た、助かった」


 澪が胸を撫で下ろしながら呟く。三上が不思議そうに首を傾げた。


「何が助かったんだ?」

「ううん、何でもない。ありがとう、三上くん」


 澪は誤魔化すように笑った。三上は釈然としない様子ながらも、それ以上は追及せず、健人を追いかけて教室を出ていった。


  *


 二人きりになった教室で、澪が大きく息を吐いた。


「――今日、一番ヒヤヒヤした日かもしれない」

「同感だ。健人の考察、思ったより核心に近かったな」

「うん。三上くんの謎のタイミングの良さに、今回は本当に救われた」


 澪はそう言って、力なく笑った。


「――ねえ、ユウ。健人くんに、いつか本当のこと話す日、来るのかな」

「……いつかは、来るんじゃないか。今日みたいに、少しずつ近づいてきてる気がする」


 澪はしばらく黙り込んだあと、小さく頷いた。


「うん。その時が来たら、ちゃんと向き合いたい」


 健人の鋭さと鈍さが絶妙に同居するその危うさに、俺たちは笑いながらも、確かな緊張感を抱き続けていた。

 第39話まで読んでくださって、ありがとうございます!


 健人の考察が、ついに核心にかなり近づいてしまいました。三上の絶妙なタイミングの乱入で今回は事なきを得ましたが、この伏線もそろそろ大詰めが近いかもしれません。応援団の謎ポーズ騒動もお楽しみいただけたら嬉しいです。


 いつもブックマーク・評価をありがとうございます。次話もお楽しみに。

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