第37話 少しずつ、素直に
保科さんとのやり取りをきっかけに、俺たちの関係は、また一段階、自然な形へと近づいていた。
教室では相変わらず節度を保ちつつも、休み時間に何気なく言葉を交わすことが増え、放課後にあの公園へ立ち寄る頻度も、以前よりずっと増えている。
「――今日、天気良かったから、ちょっと遠回りして帰らない?」
放課後、澪がそう提案してきたので、俺たちは久しぶりに、川沿いの遊歩道を歩くことにした。第4話で撮影騒動があった、あの場所だ。
「懐かしいな、ここ」
「うん。あの時は、まさかこんなに時間が経つとは思わなかった」
夕日に照らされた川面を眺めながら、澪がぽつりと言った。
「――ねえ、ユウ。最終選考が終わったら、色々ちゃんと考えたいことがあるんだ」
「なんだ」
「もし、最終選考に合格したら、多分もっと忙しくなる。学校に通いながらの活動も、今より大変になるかもしれない。それでも――」
澪は少し言葉を選ぶように黙り込んだあと、続けた。
「それでも、ユウとの時間だけは、絶対に手放したくない。だから、これから先の距離感とか、色々、もっと具体的に話し合いたいなって」
その真剣な声に、俺は小さく頷いた。
「――俺も、同じこと考えてた。お前が忙しくなるのは、多分止められない。でも、それとお前との時間を諦めるかどうかは、別の話だと思ってる」
「――ユウ」
「三年前、離れ離れになった時、俺は何もできなかった。でも今度は、ちゃんと自分から動いて、この時間を守りたいと思ってる」
自分でも柄にもないと思いながら、素直な気持ちを口にした。澪はしばらく黙って俺の顔を見つめたあと、くしゃっと笑った。
「――そういうところ、本当にずるいよね」
「何回目だよ、それ」
「大事なことだから、何回でも言う」
二人で笑い合いながら、俺たちは夕焼けに染まる遊歩道を、ゆっくりと歩き続けた。
*
途中、見覚えのある人影とすれ違った。健人だった。ジョギングウェア姿で、額に汗を浮かべている。
「――お、二人で散歩?」
「委員会の――」
「あ、委員会はもう解散したんだったな」
澪が咄嗟に出しかけた言い訳を、健人自身が先回りして否定する。俺たちは思わず顔を見合わせた。
「幼馴染同士のお散歩ってことでいいんだよな」
「あ……うん、そんな感じ」
健人はあっさり納得すると、それ以上は特に追及せず、軽く手を振ってジョギングを再開した。その後ろ姿を見送りながら、澪が小さく笑う。
「健人くん、最近、変に物分かりよくなってない?」
「――逆に怖いな、それはそれで」
鋭いのか鈍いのか、相変わらず読めない健人の反応に、俺たちは顔を見合わせて笑った。
*
その夜、スマホに届いたメッセージには、いつになく穏やかな一文が添えられていた。
『今日は、ちゃんと話せて良かった』
『ああ。最終選考、一緒に乗り越えような』
『うん。これからのことも、少しずつ、ちゃんと決めていこうね』
三年前には想像もしていなかった、こんな形の関係を、俺たちは少しずつ、自分たちの手で築き上げていた。
第37話まで読んでくださって、ありがとうございます!
二人の関係が、また一歩、自然な形に近づいた回になりました。健人の「変に物分かりのいい」反応に、くすっと笑っていただけたら嬉しいです。最終選考という新たな目標を前に、二人の絆も着実に深まっています。
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