第31話 審査当日の朝
審査当日の朝は、拍子抜けするくらい普通に始まった。
教室に着くと、健人がいつも通りの調子で話しかけてくる。
「なあ、悠人。今日のお昼、購買のメロンパン争奪戦に付き合えよ。新作らしいんだ」
「……悪い、今日はちょっと、気分じゃない」
「なんだよ、テンション低いな。腹でも痛いのか」
健人はいつも通りの緩さで、俺の内心の緊張になどまるで気づいていない。澪は今日、学校を休んで、隣県のスタジオへ向かっているはずだった。教室の後ろの席が空いているのを見るたび、胸の奥がざわついた。
「――雨宮さん、今日休みなんだ。珍しいな」
「風邪、って聞いたぞ。移動教室の時、先生が言ってた」
三上と健人がそんな会話を交わしているのを、俺は聞こえないふりで聞いていた。表向きの理由が「風邪」なのは、保科さんが用意した説明だろう。うまく出来ているものだと、変に感心してしまう。
*
昼休み、スマホをそっと確認すると、澪から短いメッセージが届いていた。
『今、移動中。新幹線の中』
『緊張してるか』
『うん、めちゃくちゃ。でも、なんか変な安心感もある』
『安心感?』
『ユウが、いつも通り学校で過ごしてるんだろうなって思うと、逆に落ち着く』
その一文に、俺は少し肩の力が抜けるのを感じた。何もできない自分がもどかしい反面、こうして「いつも通り」でいることが、澪にとっての支えになるのなら、それでいいのかもしれないと思う。
『応援してる。終わったら、真っ先に連絡くれ』
『うん。行ってきます』
健気な一文を最後に、既読がついたままメッセージは途絶えた。おそらく、これから会場に向かうのだろう。
*
放課後、委員会の作業中、健人が唐突に段ボールの山から顔を出した。
「そういえば、雨宮さんの風邪、大丈夫かな。今度お見舞いのメッセージでも送っとくか」
「――え、送るのか」
「ダメか? クラスメイトとして普通のことだろ」
健人は至って真面面な顔でスマホを取り出し、何やら長文を打ち始めている。三上が横から覗き込んで、盛大に噴き出した。
「お前、それ長すぎだろ。『お大事に』の一言でいいんだよ」
「気持ちがこもってればいいだろ、長さなんて」
「いや、絶対キモがられるやつだって、それ」
二人のやり取りを横目に、俺は密かに、健人の善意が変な方向に爆発しなければいいがと祈った。もし本当に長文の見舞いメッセージが澪に届いたら、審査前の集中力を乱しかねない。
「――健人、悪いけど、それ送るのやめとけ。多分寝てる」
「え、そうか? じゃあ、寝てる間にこっそり届くようにしとくか」
「いや、そういう問題じゃなくて」
結局、健人を説得するのに思いのほか時間がかかり、放課後の作業はいつもより長引いてしまった。それでも、こういう緩い時間があることで、俺の張り詰めていた気持ちも、少しだけほぐれていた。
*
その夜、遅くなってからようやく澪からメッセージが届いた。
『今、終わった』
『どうだった』
『――手応え、正直分からない。でも、悔いはないくらい、やれることはやった』
『そうか。よく頑張ったな』
『うん。結果は、来週には連絡来るみたい』
結果を待つ、また新しい緊張の時間が始まろうとしていた。それでも、澪の声には、これまでにない静かな充実感が滲んでいるように感じられた。
『あ、それと――健人くんからお見舞いメッセージ来てたけど、あれ何』
『気にするな。忘れろ』
『長文すぎて、逆に笑って緊張ほぐれた。ちょっと感謝してる』
まさかの結果に、俺は思わず脱力した。健人の空回りが、こんなところで役に立つとは思ってもいなかった。
第31話まで読んでくださって、ありがとうございます!
いよいよ二次審査当日を迎えました。健人の的外れな(でも結果的に役立った)お見舞いメッセージ事件など、くすっと笑える場面を挟みつつ、澪の緊張と、それを陰ながら支える悠人の姿を描きました。次話では、澪視点で審査本番の様子をお届けします。
いつもブックマーク・評価をありがとうございます。次話もお楽しみに。




