第30話 審査前夜
二次審査を明日に控えた日の放課後、澪はいつもより口数が少なかった。教室を出る間際、俺は思い切って声をかけた。
「――今日、少しだけ時間あるか」
「うん。少しだけなら」
二人で向かったのは、久しぶりのあの公園だった。夕暮れのブランコに並んで座ると、澪は小さく息を吐いた。
「――緊張してるだろ」
「うん、正直かなり。一次と違って、今度は実際に会場で、しかもディレクターの前で歌うわけだし」
澪の声には、隠しきれない緊張がにじんでいた。俺はしばらく黙って隣に座り、それから静かに口を開いた。
「――澪なら大丈夫だ。文化祭を乗り越えて、保科さんにもちゃんと向き合った。あれだけできたんだから」
「そうやって、簡単に言ってくれるところ、ちょっとずるい」
「ずるくてもいい。本当にそう思ってるから」
澪はしばらく黙り込んだあと、ふっと表情を緩めた。
「――ありがとう。そう言ってもらえると、少し楽になる」
*
二人で歩いて帰る途中、駅前で健人と三上に偶然出くわした。
「――お、二人で仲良くお散歩か?」
からかうような口調の健人に、澪はいつもの澄まし顔で「委員会の忘れ物を届けてただけだよ」とさらりと返す。だが健人は妙に神妙な顔で続けた。
「――なあ、最近思うんだけど、雨宮さんと相馬、たまにすごい息合ってるよな」
「――そ、そう見える?」
澪の声がわずかに上ずる。俺も内心ひやりとしたが、健人は次の瞬間、あっさりと話をずらした。
「うん。だから今度、四人でカラオケリベンジしようぜ。この前の選曲は反省点多かったし」
「――そこに着地するのか」
俺は思わず脱力した。鋭いのか鈍いのか、相変わらず読めない男だ。三上が横で「お前、話の締め方いつも雑だよな」と笑っている。
*
健人たちと別れたあと、澪がくすくすと笑い出した。
「――健人くんって、たまにすごく鋭いこと言うのに、着地点がいつも謎だよね」
「ああ。今日も肝を冷やしたと思ったら、カラオケの話に着地したしな」
「でも、おかげで少し肩の力抜けた」
澪はそう言って、いつもより柔らかい表情を見せた。
*
その夜、澪から届いたメッセージには、いつもよりまっすぐな言葉が綴られていた。
『明日、行ってくる』
『ああ。応援してる』
『結果がどうであれ、終わったら真っ先に報告する』
『待ってる。健人たちにも、いつか話せる日が来るといいな』
『――うん。いつか、ちゃんと』
審査前夜、俺たちはそれぞれの想いを胸に、静かに明日を迎える準備を整えていった。
第30話まで読んでくださって、ありがとうございます!
いよいよ二次審査前夜となりました。健人の読めない鋭さと着地点の謎さでくすっと笑いつつ、澪の緊張と、それを支える悠人との時間を描きました。次話ではいよいよ審査当日を迎えます。
いつもブックマーク・評価をありがとうございます。次話もお楽しみに。




