第24話 まさかの来客
文化祭初日の午後、店内が賑わう中、俺はふと聞き覚えのある単語を耳にして手を止めた。
「――ねえ、これ聴いた? Rinの新曲のデモ、SNSに流出したらしいよ」
隣のテーブルの女子二人組が、スマホを片手に盛り上がっている。心臓が跳ねるのを感じながら、俺はさりげなくレジの方を見た。健人がまさに、その会話の一言一句を全身で聞き取ろうとするような姿勢で固まっていた。
「――す、すみません、今の話、詳しく聞かせてもらえます……?」
接客そっちのけで食いつく健人に、俺は慌てて割って入った。
「健人、お客さんの注文、まだ通してないだろ」
「あ――す、すみません! えっと、ホットコーヒーとワッフルセットで……!」
健人は我に返ると、慌てて注文票を書き始めた。だがその手はまだ、スマホの画面が気になって仕方ないといった様子で震えていた。熱心なファンというのも、なかなか大変らしい。
*
澪はというと、少し離れた場所でその一部始終を、表情を変えずに見つめていた。だが厨房に下がった瞬間、小さく息を吐き出す。
「――びっくりした。健人くん、あんな食いつき方するんだ」
「お前の新曲の話だもんな」
「うん……デモの流出は初耳だけど」
澪は少し困ったように眉を寄せた。表向きは平静を装いつつも、思わぬところで火種が飛んでくることに、内心穏やかではないようだった。
「大丈夫か」
「うん。今のところ、私の正体に気づかれてるわけじゃないし。健人くんも、ただの熱心なファンってだけだから」
「――ただの、で片付けていいのか、あの食いつきよう」
俺が半ば呆れて言うと、澪は小さく吹き出した。
*
夕方近く、思いがけない来客があった。制服姿の女子生徒が数人、澪を見て小さく声を上げたのだ。
「――あ、雨宮さん! 委員会でお世話になってます!」
「あ、はい。いらっしゃいませ」
澪が愛想よく応対する横で、女子生徒たちがひそひそと耳打ちし合う。
「雨宮さんって、なんか歌声きれいだよね。前に合唱の授業で聴いた時、びっくりした」
「分かる。プロみたいだったよね」
その言葉に、澪の表情がわずかに強張るのが分かった。俺も思わず息を呑む。だが女子生徒たちはそれ以上深く追及することなく、注文を済ませて席についた。健人のような猛烈な食いつきとは対照的な、何気ない一言だったが、それだけに逆に肝が冷えた。
*
その夜、後片付けを終えた帰り道、澪がぽつりと呟いた。
「――今日、ヒヤッとする瞬間が二回もあった」
「ああ。健人の件と、さっきの女子たちの件だな」
「うん。文化祭って、こんなに危険と隣り合わせだったんだ」
澪は苦笑しながらも、どこか吹っ切れたような表情を浮かべていた。
「でも、なんとか乗り切れてる。それに――」
「それに?」
「相馬くんが、いつもさりげなくフォローしてくれるから、案外平気なんだよね」
不意打ちの一言に、俺は思わず言葉に詰まった。澪はいたずらっぽく笑うと、先を歩いていってしまった。
第24話まで読んでくださって、ありがとうございます!
健人の熱狂的なファンぶりと、思わぬところからのヒヤリとする一言。文化祭という非日常は、楽しさと同じくらい危険もはらんでいるようです。健人のリアクションでくすっと笑いつつ、緊張感も味わっていただけたら嬉しいです。
いつもブックマーク・評価をありがとうございます。次話もお楽しみに。




