第21話 接客リハーサル、始まる
「――というわけで、来週の日曜日、文化祭前日に『通し稽古』を行います」
放課後の実行委員会議で、委員長がそう告げると、教室に小さなどよめきが広がった。
「通し稽古って、演劇部でもあるまいし」
「接客とか呼び込みとか、本番同様に一通りやってみるんだと。動線とか、時間配分とか、確認しとかないと当日グダグダになるから」
健人の疑問に、三上がしたり顔で説明する。俺たちのクラスは、内装も完成し、メニューも試食会を経て正式に決まった。あとは、実際に「お客さんを迎える」練習が残っているというわけだ。
*
迎えた日曜日、教室にはエプロン姿の澪や、他の実行委員たちが集まっていた。三上が「お客さん役」を買って出た数人に向かって、やたら気合の入った声を張り上げる。
「いらっしゃいませー! ご来店ありがとうございまーす!」
「三上、声デカすぎ。ここ教室な? 体育館じゃないぞ」
俺が思わずツッコむと、三上は「気合いは大事だろ!」と胸を張った。悪気はまったくないあたりが、逆に始末が悪い。
健人は「お客さん役」として、わざわざメニュー表を裏返しに持ち、真剣な顔で「ええと……このシルエットは、コーヒー……いや紅茶か……?」と唸っている。
「健人、それ表向けろ」
「あ」
健人が慌ててメニューを直す様子に、周囲からどっと笑いが起きた。
「――次、雨宮さん、注文取ってみて」
委員長に指名され、澪が緊張した面持ちで「お客さん役」の前に立つ。
「ご、ご注文の方、お伺いいたします……あ、お伺いします、で大丈夫でしたっけ」
いつもの澄まし顔が嘘のように、澪は敬語をこねくり回して盛大に噛んだ。普段の落ち着いた様子とのギャップに、俺は思わず笑いを堪えるのに苦労した。
「雨宮さん、そんな緊張しなくても」
「し、してないから!」
澪は頬を赤らめながら、なぜか俺の方をキッと睨んでくる。八つ当たりだ。
*
休憩中、廊下で二人きりになった瞬間、澪がぼそりと呟いた。
「――さっきの、笑ったでしょ」
「笑ってない」
「絶対笑った。目がめちゃくちゃ笑ってた」
澪はむくれながらも、どこか安心したような表情を浮かべていた。人前では完璧な澄まし顔を保つ澪の、こういう不器用な一面を見られるのは、俺だけの特権のような気がした。
「でも、本番はちゃんとできそうか」
「うん。今日で感覚つかめた気がする。相馬くんこそ、備品の搬入動線、ちゃんと頭に入った?」
「一応な。健人が変なところに台車突っ込んで渋滞起こさなければ、大丈夫だと思う」
澪はくすりと笑うと、廊下の窓から差し込む夕日を眺めた。
「――なんか、こういう時間も、もうすぐ終わっちゃうんだね」
「文化祭が終わっても、日常は続くだろ」
「そうだけど。今のこの、ドタバタな感じが、ちょっと名残惜しいっていうか」
澪の声には、確かな実感がこもっていた。
*
その夜、保科さんから澪に連絡があり、オーディションの二次審査の日程が正式に決まったという知らせが届いた。文化祭のちょうど三日後、来月の頭。
『二次審査、日にち決まったんだ』
『緊張するけど、まずは文化祭を無事に乗り切ることに集中する』
『ああ。何かあったら、いつでも言えよ。今日みたいに、変なとこ噛んでも笑わないから』
『――今、笑ったくせに』
軽口を叩き合いながらも、俺たちの中には、文化祭本番へのカウントダウンと、その先に控える大きな挑戦への意識が、確かに芽生え始めていた。
第21話まで読んでくださって、ありがとうございます!
接客リハーサルでのドタバタ劇、いかがでしたでしょうか。三上の空回りと健人のうっかり、そして澪の慣れない敬語……今回は少し、くすっと笑えるような場面を増やしてみました。次話ではいよいよ文化祭本番が近づいてきます。オーディション二次審査の日程も判明し、二人にとって大事な時期が重なっていきます。
いつもブックマーク・評価をありがとうございます。次話もお楽しみに。




