第19話 距離のルール、少しだけ
カラオケでの一件から数日、澪の様子がどこか思案げなことに、俺は気づいていた。
放課後、委員会の片付けを終えたあと、澪が改まった様子で切り出してきた。
「――ねえ、ユウ。ちょっと提案があるんだけど」
「なんだ」
「学校での『他人のふり』、委員会活動の間だけ、もう少し普通にしてもいいかなって」
思いがけない申し出に、俺は目を丸くした。
「いいのか、そんなことして」
「うん。よく考えたんだけど、実行委員として自然に話すくらいなら、逆に不自然に距離を取る方が、かえって変に思われる気がして」
澪の言い分には一理あった。これまでも、健人や三上に何度も「よそよそしい」と指摘されてきた経緯がある。
「保科さんには?」
「委員会活動の範囲でなら、って一応確認は取った。あくまで『クラスメイトとして自然に話す』程度で、って条件付きだけど」
澪の慎重さに、俺は少し感心した。距離を置くと決めた本人が、状況に合わせてルールを調整しようとしている。それは決して簡単な決断ではなかったはずだ。
「分かった。じゃあ、委員会の間だけは、普通に話す感じでいくか」
「うん。よろしくね、相馬くん」
わざとらしく苗字で呼んでくる澪に、俺は思わず笑ってしまった。
*
翌日の委員会活動では、早速その「新しいルール」が試されることになった。
「相馬、この資材、どこに置けばいい?」
「ああ、そっちの棚の上でいいよ」
澪が自然な調子で話しかけてくる。以前のような、事務的で他人行儀な受け答えとは明らかに違う、けれど恋人同士のような甘さもない、ちょうどいい塩梅の距離感だった。
「――お、なんか二人とも、前より普通に話すようになったな」
健人がそれに気づいて声をかけてくる。俺は一瞬身構えたが、澪はあっさりと答えた。
「実行委員として、いつまでもぎこちないの、変じゃない? って思って」
「まあ、それもそうか」
健人はあっさりと納得し、それ以上深く追及することはなかった。三上も特に驚いた様子はなく、むしろ「やっと普通になったな」と笑っていたくらいだった。
考えてみれば、そもそも二人が「初対面のふり」を続けていたこと自体、周囲からすればかなり不自然な状態だったのかもしれない。委員会という共通の活動を口実に、少しだけ自然な距離に戻ること――それは、噂を避けながらも無理のない、ちょうどいい落とし所だった。
*
放課後、久しぶりに二人であの公園に立ち寄る時間ができた。噂を気にして避けていた場所に、少しだけ日常が戻ってきたような感覚があった。
「――なんか、ほっとするな。ここに来るの」
「うん。学校でも、前よりちょっとだけ自然に話せるようになったし」
夕暮れのブランコに並んで座りながら、澪が小さく息を吐いた。
「文化祭まで、あと三週間くらい。それが終わったら、もっとちゃんと、色々変えていきたい」
「ああ。少しずつでも、前に進めてるよな、俺たち」
澪は小さく頷くと、いたずらっぽく笑った。
「――そういえば、さっきの『相馬くん』呼び、地味に照れくさかった」
「言うと思った」
二人で笑い合う声が、公園の静けさに溶けていく。距離を置く約束は、まだ続いている。けれど、その形は、少しずつ俺たちにとって心地よいものへと変わり始めていた。
第19話まで読んでくださって、ありがとうございます!
「他人のふり」のルールに、初めて小さな変化が生まれた回になりました。委員会活動という口実のもと、少しずつ自然な距離に戻っていく二人、いかがでしたでしょうか。あの公園にも、久しぶりに日常が戻ってきました。
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