第16話 保科さんからの報告
放課後、委員会の作業を終えて教室を出ようとしたところで、澪のスマホが小さく震えた。画面を確認した澪の表情が、一瞬でこわばる。
「――保科さんから」
澪はその場で通話に出て、廊下の隅に移動した。俺は少し離れた場所で待ちながら、澪の横顔を見守っていた。短いやり取りのあと、電話を切った澪が、ゆっくりとこちらに戻ってくる。
「どうした」
「オーディション、一次審査、通過したって」
澪の声には、喜びと緊張が入り混じっていた。
「――マジか。おめでとう」
「うん……ありがとう。でも、これからが本番みたい。二次審査は、実際にディレクターの前で歌う、ガチの選考なんだって」
澪は小さく息を吐いた。喜んでいいはずなのに、その表情には隠しきれない不安が滲んでいる。
「保科さんに、『これからは今まで以上に、変な噂は絶対に立てられない』って念押しされた」
「……そうか」
その一言に、俺たちの間に流れる「距離」の意味が、改めて重くのしかかってくる。文化祭が終わるまで、という約束の期限が、急に現実味を帯びてきた気がした。
「不安か」
「正直、ちょっと。歌うこと自体は好きだし、頑張りたいけど……プレッシャーは、やっぱりある」
澪はそう言って、力なく笑った。
「――なあ、澪」
「なに」
「二次審査がいつになっても、俺はここにいる。学校では他人のふりでも、こうして話せる時間がある限り、いくらでも聞くから」
自分でも柄にもないと思いながら、正直な気持ちを口にした。澪はしばらく黙り込んだあと、小さく頷いた。
「――うん。ありがとう」
その声は、いつもより少しだけ震えていた。
*
翌日、教室では何事もなかったかのように、澪はいつもの愛想のいい笑顔で過ごしていた。だが休み時間、健人がぽつりと呟いた。
「なんか最近、雨宮さんの纏う空気、前より真剣味増した気がするんだよな」
「気のせいだろ」
「そうかなあ。まあ、文化祭前だし、みんなピリピリしてるからかもな」
健人は深く追及することなく、話を切り上げた。俺は内心でほっと胸を撫で下ろしながらも、澪が背負っているものの大きさを、改めて感じずにはいられなかった。
*
その夜、いつものメッセージのやり取りの最後に、澪から短い一文が届いた。
『今日、ちゃんと話聞いてくれてありがとう。二次審査、頑張ってみる』
『応援してる。無理はするなよ』
『うん。ユウがそう言ってくれるの、地味にすごい支えになってる』
文化祭の準備と並行して、澪の中では確かに、大きな挑戦が動き始めていた。学校では見せない、Rinとしてのプレッシャーと向き合う澪を、俺はどうにかして支えたいと思った。
距離を置く約束の期限――文化祭本番までは、まだしばらく時間がある。だがその間にも、俺たちを取り巻く状況は、少しずつ動き出していた。
第16話まで読んでくださって、ありがとうございます!
ついにRinのオーディションが本格的に動き出しました。喜びとプレッシャーの入り混じる澪の心情と、それを支えようとする悠人の姿を書きました。文化祭とオーディション、二つの大きな出来事が並行して進んでいきます。
いつもブックマーク・評価をありがとうございます。次話もお楽しみに。




