第15話 雨の日の作業部屋
その日は朝から大雨で、予定していた屋外での看板塗装作業は中止になった。代わりに、内装班と調達班は合同で、空き教室での小物作りを担当することになった。
「今日は人数少ないから、二人で窓飾りお願いできる?」
三上にそう言われ、気づけば俺と澪だけが、教室の隅で折り紙とレースペーパーを使った飾り作りを任されることになっていた。健人と三上は別の作業で隣の教室に行っており、しばらくの間、この場には俺たちしかいない。
「――久しぶりだな、こうして二人きりになるの」
澪がぽつりと呟いた。窓の外では雨が音を立てて降り続いている。
「委員会の仕事だから、仕方ないだろ」
「うん、分かってる。でも、ちょっとだけほっとしてる自分もいる」
澪はそう言いながら、手元の折り紙を丁寧に折り込んでいく。しばらく無言の作業が続いたあと、澪がふと手を止めた。
「――ねえ、ユウ。最近、たまに思うことがあるんだ」
「なんだ」
「Rinとしての活動、本当は嫌いじゃない。歌うことも、誰かに届くことも、ちゃんと好き。でも、ずっと素顔を隠して、噂を怖がって生きるのって、思ったより疲れる」
窓に打ちつける雨音の中、澪の声は普段より静かだった。
「保科さんは厳しいけど、私のことを考えてくれてる。それは分かってる。でも時々、本当の自分がどこにいるのか、分からなくなる時があるの」
その言葉には、これまで見せてこなかった弱さが滲んでいた。俺は手を止めて、澪の横顔をまっすぐ見た。
「――澪」
「なに」
「Rinの澪も、学校の澪も、俺と二人でいる時の澪も、全部お前だろ。どれが本当とか、そういうことじゃないんじゃないか」
自分でもうまく言えている自信はなかったが、思ったことをそのまま口にした。澪はしばらく黙り込んだあと、小さく笑った。
「――そういうとこ、ずるいって前にも言ったよね」
「言われた」
「今日も、ずるい」
澪は目元を軽くこすると、何事もなかったかのように折り紙作業に戻った。だが、その横顔は先ほどより少しだけ軽くなったように見えた。
*
作業の途中、健人と三上が様子を見に戻ってきた。
「お、順調そうじゃん。俺らの方も終わったし、そろそろ休憩にするか」
「そうだな。雨、なかなか止みそうにないし」
健人の言葉に、俺たちはようやく肩の力を抜く。何事もなかったかのように、いつもの四人の空気に戻っていった。
*
その夜、スマホに届いたメッセージには、いつもより長い一文が添えられていた。
『今日はありがとう。ちょっと弱音吐いちゃったけど、聞いてくれて嬉しかった』
『いつでも聞くから、また溜め込むなよ』
『うん。ユウがそう言ってくれるだけで、だいぶ楽になる』
雨の音を聞きながら、俺はしばらく画面を見つめていた。学校では他人のふりをしながら、こうして本音を交わせる時間があること。それがどれだけ貴重なものか、改めて実感した夜だった。
文化祭までの準備期間は、まだ続く。だが今日という一日は、俺たちの関係にとって、確かな意味を持つ一日になった気がした。
第15話まで読んでくださって、ありがとうございます!
雨の日の二人きりの作業回、いかがでしたでしょうか。Rinとしての活動の重さと、素顔の澪の本音を書きたくて、今回のエピソードにしました。悠人の不器用な優しさが、少しでも伝わっていたら嬉しいです。
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