第12話 文化祭までの約束
週末、備品の買い出しのため、実行委員数人で大型ホームセンターへ向かうことになった。今回は健人と三上、そして俺と澪の四人という組み合わせだった。
「今日は大所帯だから、変な噂も立ちようがないな」
健人が笑いながら言う。三上も頷いた。
「たしかに。この前みたいに二人だけ、ってわけじゃないもんな」
その一言に、澪と俺は一瞬だけ視線を交わした。噂の発端になったあの買い出しを思い出しているのは、俺たちだけではないのだろう。
四人での作業は、思いのほか和やかに進んだ。健人と三上が備品リストを片手に軽口を叩き合い、澪もそこに自然に混ざっていく。教室での他人行儀な態度とは違う、けれど二人きりの時ほど気を許してもいない、ちょうど中間くらいの距離感。それが今の俺たちにとって、一番心地よい形なのかもしれないと思った。
「――なあ、相馬」
買い出しの合間、荷物運びで少し離れたタイミングで、三上がふと声をかけてきた。
「最近、雨宮さんとの空気、前より柔らかくなった気がするけど」
「……そう見えるか?」
「うん。前は明らかにぎこちなかったし。今は、なんていうか、無理してない感じがする」
三上の観察眼の鋭さに、俺は内心で舌を巻く。ごまかそうか一瞬迷ったが、これまでの経緯を思い出し、正直に返すことにした。
「色々あったけど、少しずつ、元に戻ってきてるんだと思う」
「そっか。なら良かった」
三上はそれ以上詮索せず、屈託なく笑った。
「文化祭、俺は普通に楽しみにしてるんだ。クラスの出し物も、実行委員の仕事も。だから、お前らも変に気負わず、楽しんでやれよ」
その言葉には、からかいではない、素直な応援の響きがあった。噂の火種を作った張本人でありながら、誰よりもフラットに二人を見てくれているのが、三上という人間なのだと改めて思う。
*
買い出しを終え、荷物を分担して駅へ向かう帰り道、健人と三上が少し先を歩き、澪と俺は自然と後ろに並ぶ形になった。
「今日、楽しかったな」
「うん。四人でいると、変に意識しなくて済むから、気が楽」
澪はそう言ったあと、少し言葉を選ぶように黙り込んだ。
「――ねえ、ユウ」
「なんだ」
「文化祭が終わったら、ちゃんと話そうって、前に言ったよね」
あの日、教室で交わした約束を思い出す。
「ああ、覚えてる」
「今日、健人くんや三上くんと四人でいて思ったの。私、ユウとのことだけじゃなくて、これから先、ちゃんと普通の高校生としての時間も大事にしたいなって」
澪の声には、これまでにない、静かな決意のようなものが滲んでいた。
「Rinとしての活動も、大事にしたい。でも、それと同じくらい、こうやってクラスメイトと笑い合ったり、ユウと本音で話したりする時間も、手放したくない」
「――それは、いいことだと思う」
「うん。だから、文化祭が終わったら、保科さんにもちゃんと話す。学校での距離のこと、少しずつ変えていけないかって」
その一言に、俺は思わず足を止めた。澪も数歩先で振り返る。
「無理はしなくていい」
「無理じゃないよ。ユウが隣にいてくれるなら、平気」
夕暮れの駅前を、四人分の荷物を抱えた俺たちが並んで歩いていく。健人と三上の笑い声が前方から聞こえてくる中、澪と交わした小さな約束が、胸の奥にじんわりと染み渡っていった。
*
その夜、スマホに届いたメッセージは、いつになく前向きな言葉で締めくくられていた。
『今日はありがとう。なんか、少し前に進めた気がする』
『こっちこそ。四人での買い出し、悪くなかったな』
『うん。文化祭本番まで、あと少し。それまでに、色々ちゃんと準備しておきたいな』
文化祭は、まだ一か月以上先だ。クラスの出し物の準備も、実行委員としての仕事も、これから佳境を迎えていく。だが、澪の中で何かが確かに変わり始めていることを、俺ははっきりと感じ取っていた。
距離を置く、という約束の期限が近づくにつれて、俺たちの関係は、以前とは違う――もっと確かな形を目指して、少しずつ動き出していた。
第12話まで読んでくださって、ありがとうございます!
健人・三上を交えた四人での買い出し回、いかがでしたでしょうか。澪の中で少しずつ「これから」への決意が固まっていく様子を書きました。文化祭本番までは、まだしばらく準備期間が続きます。次話以降も、じっくりと二人の距離の変化を描いていく予定です。
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