第11話 衣装合わせと、二人だけの持ち場
九月も半ばを過ぎ、文化祭準備は目に見えて慌ただしくなっていった。
クラスの出し物「カフェ」の内装も骨組みが完成し、いよいよ当日の運営を意識した実地リハーサルが行われることになった。接客係の動線確認、備品の配置、そしてスタッフ用エプロンの着用チェック――やることは山積みだった。
「じゃあ、内装班と調達班、合同でエプロンのサイズ確認しといて。名簿順に呼ぶから」
三上が手際よく指示を出していく。文化祭実行委員としての彼の采配は、日を追うごとに板についてきていた。
名簿順、という言葉に嫌な予感がした的中し、俺と澪の名前は偶然にも隣り合っていた。
「相馬、雨宮さん、次二人ね。サイズ合わせだけだから、そんなに時間かからないと思う」
三上の何気ない一言で、俺たちは連続してエプロンの試着スペース――といっても、教室の隅にパーテーションを立てただけの簡素な場所――に呼ばれることになった。
「……気まずいな、これ」
「うん。でも、業務だから」
澪はいつもの、教室用の澄ました声でそう言うと、先に試着スペースに入っていった。俺はその後ろ姿を見ながら、小さく息を吐く。
*
試着自体はものの数分で終わるはずだった。だが、澪が着用したエプロンの紐が、背中側でうまく結べずに困っている場面に、たまたま近くにいたのが俺だけだった。
「あの……悪いんだけど、これ結んでもらえる? 一人だと届かなくて」
小声での頼み事に、俺は一瞬固まった。周囲には健人や他の実行委員もいる。他人のふりを続けている中で、こんな距離感で触れていいのか――逡巡したのは一瞬だった。
「……分かった。じっとしてろよ」
できるだけ事務的な声を意識しながら、俺は澪の背中でエプロンの紐を結んだ。指先が触れるたび、心臓がわずかに跳ねる。三年前には考えもしなかった距離感だった。
「よし、これで大丈夫」
「ありがとう、相馬くん」
わざとらしいくらい他人行儀な礼を言う澪の耳が、心なしか赤くなっている気がしたのは、気のせいだろうか。
「おーい、二人とも、まだ?」
健人の声に、俺たちは慌てて距離を取った。振り返ると、健人がにやにやしながらこちらを見ている。
「エプロンの紐、結ぶの手伝ってただけだ」
「へえ、優しいじゃん、相馬」
からかうような口調に、俺は聞こえないふりで話を切り上げた。だが健人の目は、明らかに何かを見透かしているようだった。
*
リハーサルの後半、備品の最終配置を確認していた時のことだった。段ボールの積み下ろしを一人でこなしていた澪が、バランスを崩して足をもつれさせた。
「――っと」
とっさに手を伸ばして支えたのは、また俺だった。澪の身体が一瞬、腕の中に収まる。
「大丈夫か」
「う、うん……ありがとう」
互いにすぐ身体を離したものの、周囲の視線が一瞬こちらに集まったのが分かった。三上が少し驚いた顔でこちらを見ている。
「相馬、反射神経いいな」
「……たまたまだよ」
誤魔化すように答えながら、俺は内心で冷や汗をかいていた。距離を置いているはずなのに、今日一日だけで、これまでの委員会活動よりもずっと近い距離で澪と接している。皮肉なものだと思った。
*
その日の夜、いつものように届いたメッセージには、珍しく長い一文が添えられていた。
『今日、危なかったね。ありがとう、支えてくれて』
『反射的に動いただけだ』
『でも、嬉しかった。学校では他人のふりしてるのに、いざという時、ちゃんとユウがそこにいてくれるの』
その一文に、胸の奥が温かくなる。
『距離置いてても、そういうとこは変わらないよ』
『うん。だから、もう少しだけ頑張れる気がする』
文化祭までの道のりは、まだ長い。けれど今日という一日は、俺たちの「距離」の中に、確かな温度を一つ、積み重ねてくれた気がした。
クラスのカフェ企画は、着々と形になっていく。それと同じ速さで、俺たちの関係もまた、少しずつ――けれど確実に、以前とは違う形へと動き始めていた。
第11話まで読んでくださって、ありがとうございます!
エプロン事件、いかがでしたでしょうか。距離を置いているはずなのに、業務上どうしても近づいてしまう二人のじれじれを書きたくて、今回のエピソードにしました。健人や三上の観察眼も、まだまだ健在です。
いつもブックマーク・評価をありがとうございます。次話もお楽しみに。




