第七章 追跡
夏野がストーキング行為の詳細を一通り話し終えると、雄三は腕を組んでしばらく黙り込んだ。
視線はテーブルの一点に落ちているが、思考は高速で巡っているのが分かる。
「……お話を聞く限り、自宅や職場はもちろん、通勤経路やよく行く店などすべて把握しているようです」
静かに口を開く。
「会社の上司の方に事情を説明して二、三日休みをもらって、信頼できる方のところへ匿ってもらって下さい。その間に私の方でご自宅周辺や職場周辺を見て回って怪しい人物を探します」
迷いのない判断だった。
「分かりました。大学時代の友人にこの件を相談してますので、その友人なら事情を話せば二、三日なら匿ってくれると思います」
「ちなみに大学はどちらですか?」
「東大です」
「才色兼備なんですね」
「いえ、そんな事は……」
わずかに視線を逸らす夏野。
「では、職場をお伺いしても良いですか?」
「赤坂の株式会社セントラルホールディングスという会社で受付兼秘書見習いをしています」
「聞いたことありますよ。大手ですね。あと、こちらにご自宅の住所を書いて下さい」
「分かりました」
夏野がペンを取る。
「それから、貴女に好意を持っていそうな男性の名前を書いてもらっていいですか?その人たちの行動を探ったり、場合によっては聞き込みをしたりしようと思いますので。あ、一先ず、告白してきた人だけでいいですよ。その中に怪しい人物がいなければ、言い寄ってきた人とかまた聞きますんで」
「分かりました」
さらさらと書き始める。
書く。
書く。
書く。
ペン先が止まらない。
紙の上には次々と名前が増えていく。
三十人ほど書いたところで、雄三が耐えきれず口を挟む。
「いや、とりあえず大学時代くらいまででいいですよ」
「大学卒業の時から遡って書いてるんですが、まだ三年の時の半分もいってないですよ」
あっさりと言われて、雄三は軽く天井を仰いだ。
「ちょっと一人でこの人数は調べきれないので他の方法を考えましょう……」
「分かりました」
紙の上の名前の群れは、そのままそっと横に避けられた。
夏野は田所と会った翌日に出勤し、上司に事情を説明して水曜日から三日間の有休を取得した。
そして水曜日の早朝、大学時代の友人宅へと身を寄せた。
一方、田所はというと――。
夏野の自宅前から、彼女の“いつもの時間”に合わせて動き出していた。
同じ電車、同じ乗り換え、同じ歩幅。
周囲の人間の流れの中に紛れながら、視線だけを鋭く走らせる。
(視線を送る側は無意識でも、送られる側は気付く。逆もまた然りだ)
改札、ホーム、車内、駅前の横断歩道。
“違和感”だけを拾い上げる。
だが――。
水曜日は何も掴めなかった。
翌日の木曜日も同じように職場周辺まで調べを進めたが、やはり収穫はない。
夕方。
ポケットの中でスマートフォンが震えた。
画面には「夏野和泉」の名前。
「はい、田所です」
『田所さん。友人宅の周りをうろついている怪しい人物がいるんです』
声は抑えているが、明らかに緊張している。
「例のストーカーですか!?」
『恐らくそうです。鍵が掛かってるから入っては来れないと思いますし、友人ももうすぐ帰ってくるので、とりあえずは大丈夫そうですが、メールの内容を見ても友人宅にいるのがバレてるみたいで……どうすれば……』
雄三の表情が一瞬で変わる。
これは“観察”ではない。
完全な追跡だ。
「ご友人の方のお休みはいつですか?」
『明日の金曜日に有休を取って一緒にいてくれるそうです』
「丁度良い」
即答だった。
「明日、早い時間に新宿に来てもらえませんか?ご友人とも情報を共有しておきたいし」
『分かりました。事務所の方へ伺えばいいですか?』
一瞬の間。
雄三は首を横に振る。
「いや、行動がバレてる可能性があるなら事務所じゃない方が良いですね」
視線を周囲に巡らせる。
ここで一つでも手を誤れば、相手に主導権を握られる。
「朝八時に歌舞伎町のルノアールと言う喫茶店に来てください。何処で誰が聞いてるか分からないので声には出さないで下さい。ご友人の方にも言わずに“新宿”とだけ伝えて下さい」
声は低く、しかし確実だった。
『分かりました』
通話が切れる。
雄三はゆっくりとスマートフォンをポケットに戻した。
(……想像以上に厄介だな)
獲物を見失わない捕食者のように。
そのストーカーは、すでに一歩先を歩いている。




