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第十三章 利き手の嘘

 男がフードをめくり、黒い不織布マスクを外す。

露わになった顔は、まだ若い。

「なんで分かった?」

水上龍樹は、低く問いかけた。

その声には、苛立ちと諦めが混ざっている。

「先ず、俺は北沢このみが情報を流してると推理した。現に、それまで筒抜けだった情報が途絶えたお陰で、こちらが情報を北沢このみに流すまでお前は現れなかった」

田所はベッドの上で静かに言う。

「夏野さんの居所の情報が欲しい犯人は必ず北沢このみに接触すると踏んで、北沢このみに連絡を取ったり会ったりする人間を調べてもらった。その結果、犯人像と合致する五人だけに絞れた」

視線がわずかに鋭くなる。

「そして、この腹の傷だ」

自分の腹を指さす。

「刺された時にナイフを掴んで抜かせなかったのは、出血を最小限に抑える為と、もう一つ、凶器から得られる情報が欲しかったからだ。これは大きかった」

「そんな筈はない。指紋も付けてないし出所も特定できなかったはずだ」

水上が吐き捨てる。

「確かに。でも、そういう事じゃない」

田所は首を振る。

「凶器の刃渡りは九センチメートル。これは現物があるからこそ測る事が出来た。そして俺の腹の傷も深さは九センチメートル。腹なんて固いもんじゃないんだから力任せに押し込めば、ナイフの刃先は体内奥深くまで届き、もっと深くまで傷つけられたはずだ」

一拍。

「でも出来なかった」

その言葉が、空気を切り裂く。

「何故か?それは使い慣れていない上に力も弱い……すなわち、利き手ではなかったからだ」

山岸が小さく息を呑む。

「犯人は左手にナイフを持っていた。だが、左利きではない。だから容疑者五人の内、左利きは除外」

水上の表情がわずかに歪む。

「そしてもう一つ、凶器から得られた情報……」

田所の声が、さらに低くなる。

「それは凶器の形状だ。柄が真っ直ぐで鍔のないバタフライナイフ。これで人を思いっきり刺して、もし骨にでも当たってナイフが入っていかなかったら、ナイフを握った手はナイフを伝って刃の方へ行ってしまう。そうなれば指を怪我することになる」

ゆっくりと、水上を見据える。

「誰だって怪我なんかしたくないが、他の容疑者たちは、指を少々怪我をしても、ちょっと不便を感じるだけでそれほど支障はない」

だが――。

「お前は違う」

断言。

「繊細な動きを必要とするイラストレーターのお前にとっては右手の怪我は死活問題だ。しかも悪くすると指がちゃんと動かなくなる可能性もある。そうなればイラストレーターとしての道は閉ざされる」

水上の呼吸が乱れる。

「万が一にもそんなリスクを負えないお前は左手でナイフを握ったんだ」

静かに、結論が落ちる。

「これで他の容疑者は除外。残ったお前が犯人だって分かった訳だ」

沈黙。

数秒。

水上の唇が歪む。

「……こうなれば……死なば諸共だ」

次の瞬間、ナイフを構える。

「おっと、動かない方が良いぜ。後の警察官が銃で狙っている」

反射的に水上が後ろを振り向く。

――その一瞬。

田所の足が鋭く振り抜かれる。

ガンッ、と乾いた音。

「しまった!」

ナイフは宙を舞い、そのまま天井に突き刺さる。

同時に――。

山岸と部下の二人が飛びかかる。

「くそっ!……放せ……!」

暴れる水上の腕が押さえつけられ、手錠が掛けられる。

さらに駆け付けた警官が三名。

完全に封じられる。

「田所!覚えてろよ!」

叫びながら、水上は連行されていく。

ドアが閉まり、静寂が戻る。

「夏野さん、呼んできて」

山岸が部下に命じる。

ほどなくして、別室に匿われていた夏野が駆け込んでくる。

「田所さん!大丈夫ですか!?」

「痛た……ちょっと傷口開いちゃったかも」

苦笑しながらベッドに身を沈める。

「田所さん。貴方のお陰で逮捕できました。ありがとうございました」

山岸が頭を下げる。

「こちらこそ。貴方のお陰で依頼を遂行できました」

二人はしっかりと握手を交わす。

「しかし大したもんですな。結局、貴方、病室から一歩も出ることなく事件を解決してしまった」

山岸が感心したように言う。

「身体動かすより頭使う方が向いてるんですよ」

田所は軽く肩をすくめた。

「田所さん、ありがとうございました。貴方に依頼して本当に良かったです。私の為に怪我させてしまって本当にすみません」

深く頭を下げる夏野。

「気にしないで下さい。これは自分の責任だし、後悔はしてません」

「後悔……?」

「ええ。亡くなった父に言われたんです『後悔しない人生を送れ』って。だから俺はこの選択に後悔は有りません。だから気にしないで下さい」

静かな言葉だった。

だが、その重みは確かだった。

「田所さん……」

夏野は顔を上げる。

その時、彼女の中で何かが変わっていた。

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