泣いたあとの一歩
タクシーに乗り込むと、
車内の静けさが
少しだけ心を落ち着かせてくれた。
窓の外を流れていく街の灯りが、
涙で滲んだ視界にやわらかく映る。
叶多くんは、
何も言わずに隣に座っていた。
その沈黙が、
不思議と苦しくなかった。
数分ほどでタクシーが止まる。
「着いたよ」
叶多くんの声に顔を上げると、
そこには初めて見るような、
落ち着いた雰囲気の店があった。
かしこまりすぎず、
でもカジュアルすぎない。
柔らかな灯りが外までこぼれていて、
夜景がガラスに映り込んでいる。
(……素敵)
思わず息が漏れた。
創作フレンチのお店らしく、
外観からして上品で、
でも緊張しすぎない空気が漂っていた。
予約時間はきっと過ぎているはずなのに、
案内された席はちゃんと確保されていた。
(いつ連絡したんだろう……)
タクシーの中では電話していなかった。
私が泣いていたときも、
ずっとそばにいてくれた。
(……すごくスマートな人だな)
席に着くと、
叶多くんがメニューを開きながら言った。
「何飲む?」
まるで何もなかったみたいに、
自然で、落ち着いた声。
その“普通さ”が、
胸にじんわり染みていく。
(叶多くんって……なんかすごいな)
泣いていた私を責めるでもなく、
気まずくさせるでもなく、
ただ、いつも通りに接してくれる。
でも、とても丁寧に丁寧に
くすぐったくなるくらい優しく。
胸がキューッと締め付けられる感じがして
叶多くんを直視すると顔が火照る…。




