陽と影の存在
文化祭の朝、
校舎の前はもう人で溢れていた。
彼はいつものように、
誰かに呼ばれ、
誰かに頼まれ、
誰かに笑いかけられていた。
陽の中心。
それが彼の定位置だった。
でも今日は、
時々ポケットに手を入れて、
何かを確かめるような仕草をしていた。
——ハンカチ。
昨夜拾った、
端に小さくイニシャルが縫い込まれた、薄いクリーム色のハンカチ。
イニシャルから、
候補はそんなに多くない。
でも、
返そうにもタイミングがない。
「会長、次ステージの誘導お願いします!」
「会長、こっちのトラブル見て!」
「会長、写真撮ってください!」
呼ばれるたびに、
彼は軽く笑って走っていく。
その横を、
私は装飾のチェックをしながら通り過ぎた。
彼が一瞬だけこちらを見た気がしたけれど、
すぐに別の誰かに呼ばれていった。
忙しそうだな、と思っただけだった。
——昼過ぎ。
看板の前で、
彼は立ち止まった。
昨日よりも、
今日の方が綺麗に見える。
補強した部分に触れながら、
小さく息を吐く。
「……やっぱり、あの子かな」
でも、
確かめる時間なんてどこにもない。
午後のステージが始まり、
彼はまた走り出す。
ポケットの中のハンカチが、
動くたびに少しだけ揺れた。
返したいのに返せない。
聞きたいのに聞けない。
そんな気持ちが、
彼の中で静かに積もっていった。
私はその頃、
クラスの出し物の受付で、
ひたすら来場者にパンフレットを渡していた。
彼が何を考えているかなんて、
知る由もなかった。




