イニシャル
文化祭の前日。
教室の隅で、誰かが小さく声を上げた。
「……割れてる」
看板の端が、ぱきっと裂けていた。
ざわつくクラス。
誰かが彼を呼ぶ。
「ごめん、今日このあと予定あるんだよね」
「夜、戻ってくるから。大丈夫」
軽く笑って、手を振る。
その笑顔に、みんなが安心したように散っていく。
私は、壊れた看板を見つめた。
放課後の教室は静かで、
夕陽が色を変えていく。
——どうせ暇だし。
工具箱を引き寄せ、
割れた部分に指を添える。
木のささくれが少し痛い。
釘を抜き、
補強して、
色を塗り直す。
気づけば、
壊れる前より綺麗になっていた。
帰ろうとして、
ポケットを探る。
……あれ、ハンカチがない。
まあいいか。
そのまま帰った。
夜。
教室の電気がつく。
「……直ってる?」
彼の声が、
静かな部屋に落ちた。
看板に触れる指先が止まる。
補強した部分をなぞり、
少し笑う。
「これ、俺より上手いじゃん」
足元に、
一枚のハンカチが落ちていた。
薄いクリーム色のハンカチ。
端に、小さく丁寧な刺繍。
イニシャルが、
そっとそこに縫い込まれていた。
彼は指先でその刺繍をなぞり、
ほんの少しだけ息を止めた。
「……これ、誰のだろ」
声は、
誰にも届かないほど小さかった。




