10年前の記憶
——あの字。
どこかで見たことがある。
そう思った瞬間、
高校の廊下のざわめきが蘇った。
生徒会長だった彼は、
まっすぐで、強くて、
でも“真面目さ”を前に出さないタイプだった。
いつも誰かに囲まれていて、
笑いながら場を回して、
自然と人が集まる陽の中心。
けれど、
文化祭の準備で遅くまで残っていると、
ふとした瞬間に気づくことがあった。
誰も見ていないところで、
一番面倒な作業を黙々と片付けているのは、
いつも彼だった。
「こういうのは、気づかれない方がいいんだよ」
そう言って笑う横顔が、
妙に大人びて見えた。
私は頭は良かったけれど、
地味で、前に出るタイプじゃなかった。
運動も得意じゃない。
文化祭の装飾を黙々と作る方が落ち着いた。
そんな私とは対照的に、
彼は光の真ん中にいた。
でも、
その裏側にある静かな努力だけは、
なぜか私だけが知っているような気がしていた。
——あの字。
丁寧で、まっすぐで、
少しだけ癖のある書き方。
黒板に書く彼の字と、
重なる気がした。
でも、
確信にはならなかった。
10年前のことなんて、
もう曖昧で、
ぼやけていて、
思い出そうとすると胸が少し痛む。
忘れたはずの時間が、
静かに形を取り戻し始めていた。




