片付けたのは、まっすぐな気持ち
紙をそっと折りたたんだ。
捨てる気には、どうしてもなれなかった。
名前もない。
10年前の誰かの想い。
それだけのはずなのに、
指先が勝手に丁寧になってしまう。
封筒に戻して、
しばらく見つめた。
頭はまだ少し重い。
昨日の酒が抜けきっていない。
でも、心だけは妙に冴えていた。
玄関の棚に置きっぱなしにしておくのが、
なんとなく落ち着かなかった。
視界に入るたびに、
胸の奥がざわつく。
バッグから手帳を取り出し、
スケジュール欄の後ろにあるポケットを開く。
封筒をそこへ滑り込ませた。
大切に扱う理由なんてないのに、
まるで壊れ物みたいにそっと押し込んだ。
手帳を閉じると、
胸の奥がわずかに疼いた。
忘れたいわけじゃないのかもしれない。
手帳をバッグに戻して、
スーツに袖を通した。
土曜でも片付けたい仕事がある。
二日酔い気味の身体を引きずりながら、
会社へ向かう準備をした。
電車の中で、
スマホが短く鳴った。
画面は開かない。
開かなくても、誰からで、どんな内容かは想像できた。
オフィスは静かだった。
空調の音と、
自分のキーボードの音だけが響く。
資料をまとめていると、
ふと、あの字が頭に浮かんだ。
丁寧で、真っ直ぐで、
どこかで見たことがあるような気がする。
でも、誰のものだったかは思い出せない。
夕方、仕事を終えて外に出ると、
風が少し冷たかった。
帰り道でスマホを開くと、
彼からのメッセージがひとつ。
> 「今日は予定入っちゃった。また連絡する」
予想通りの言葉。
本命の彼女と過ごすんだろう。
「了解」
それだけ返して、
スマホをしまった。
家に戻ると、
部屋の静けさがやけに濃く感じた。
手帳を取り出し、
ポケットから封筒を引き抜く。
紙をそっと広げる。
「好きです」
まっすぐ向けられる好意。
でも今の私は、
まっすぐな想いが少し苦手だ。
——10年前。
あの頃の私は、
何をしていたんだっけ。
思い出そうとした瞬間、
記憶の奥で、
誰かの横顔が揺れた。




