お礼の食事
当日。朝から落ち着かなかった。
仕事はいつも通りこなしたつもり。
でも、ふとした瞬間にスマホを見てしまう。
美桜とは、
昨日までに何度かやり取りをした。
店の候補を送ったり、
好きな食べ物を聞いたり、集合時間を決めたり。
短いやり取りなのに、
そのひとつひとつが嬉しかった。
本当はもっと話したかった。
もっと聞きたかった。
でも——しつこくしたくなかった。
美桜には、一応“彼氏”がいる。
その事実が、
自分の前のめりをいつも引き戻した。
だから、今日こうして会えることが、
どれだけ奇跡みたいなことか
自分が一番よくわかっていた。
「……よし、終わった」
仕事を片づけ、パソコンを閉じる。
待ち合わせにはまだ少し早い。
でも、早く向かいたかった。
美桜に会える。
その事実だけで、胸の奥がじんわり熱くなる。
ジャケットを羽織り、
会社のあるビルのエントランスへ向かう。
そのときだった。
エントランスの奥から、男女の声が聞こえた。
ただの会話じゃない。
少し荒い、もめているような声。
その中に聞き覚えのある声が混じっていた。
「……美桜?」
思わずそちらを見る。
エントランスの柱の影で、美桜が立っていた。
向かい合っているのは
——田島亮介。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
まさか、今日このタイミングで。
美桜は困ったように視線をそらし、
田島は何かをまくしたてている。
嫌な予感が、背中を冷たく撫でた。
叶多は、
ゆっくりと二人に向かって歩き出した。




