叶多の優しさ
玄関の扉を閉めた瞬間、
全身の力が抜けた。
靴を脱ぐのもやっとで、
壁に手をつきながら部屋に戻り、
そのままベッドに倒れ込む。
体は重い。
頭もぼんやりしている。
なのに——
胸の奥だけが、妙にざわついていた。
さっきの叶多くんの声。
「少しは甘えろよ」
その言葉が、何度も何度も頭の中で反響する。
どうしてだろう。
あんなふうに言われたの、いつ以来だろう。
しばらく目を閉じていたら、
スマホが震えた。
ゆっくり画面を見る。
“叶多”
その名前が、自分のスマホにある。
それだけで胸が熱くなる。
メッセージを開く。
> 『玄関に少し置いておきました。
> 無理に出てこなくていいから。
> ちゃんと休んで。』
……玄関?
ふらつきながら立ち上がり、
ゆっくりドアを開ける。
ドアノブに袋がかかっていた。
おかゆ、ゼリー、桃缶、飲み物。
全部、今の私が食べられるものばかり。
胸の奥が、
じんわりと熱くなった。
スマホがまた震える。
> 『他に必要なものあったら、遠慮なく連絡ください。
> 今日は一日空いてるから。』
画面に映る“叶多”という名前を見た瞬間、
視界がふっと滲んだ。
——あ。
涙が落ちて、
スマホの画面に小さな跡を作った。
どうして泣いているのか、
自分でもわからない。
弱っているときの優しさは、
どうしてこんなに胸に刺さるんだろう。
その温度が、
ふと——
タイムカプセルの「好きです」と重なった。
あの夜、
酔って帰ってきて封筒を開けたとき、
胸の奥に静かに沈んだ4文字。
今、
同じ温度が胸の奥で広がっていく。
ベッドに戻りながら、
スマホを胸に抱きしめる。
「……どうしよう……」
声に出した瞬間、
涙がまたひとつ落ちた。




