大切な人
美桜が家に入っていく背中を見送ったあと、
叶多はタクシーに乗り込まず、
そのまま近くのコンビニへ向かった。
——何か、少しでも力になりたい。
その気持ちだけで動いていた。
棚を見ながら、
美桜が食べられそうなものを選んでいく。
・レトルトのおかゆ
・ゼリー飲料
・桃の缶詰
・スポーツドリンク
・冷えピタ
「……これくらいでいいか」
買い物袋を手に、
再び美桜の家の前へ戻る。
インターホンは押さない。
無理に出てこさせたくなかった。
玄関のドアノブに袋をそっと掛け、
小さく息をついた。
——ほんとは、直接渡したかったけどな。
ポケットからスマホを取り出す。
画面には、
さっき追加されたばかりの名前。
“美桜”
その文字を見るだけで、
胸の奥がじんわり熱くなる。
——やっとだ。
やっと俺のスマホに、美桜の名前がある。
10年越しに繋がった現実が、
まだ信じられない。
深呼吸してから、
短いメッセージを打った。
> 『玄関に少し置いておきました。
> 無理に出てこなくていいから。
> ちゃんと休んで。』
送信ボタンを押す指が、
ほんの少し震えた。
続けてもう一通。
> 『他に必要なものあったら、遠慮なく連絡ください。
> 今日は一日空いてるから。』
送ったあと、
しばらくスマホを見つめてしまう。
既読はつかない。
きっと眠っているのだろう。
それでいい。
それがいい。
叶多は静かにその場を離れた。
美桜の名前が表示されるスマホを、
こんなに大事に握りしめたのは初めてだった。




