俺がそばにいる
腕の中で、美桜の身体がかすかに震えた。
さっきまで焦点の合わなかった瞳が、
ゆっくりとこちらを向く。
熱のせいで潤んだ目。
呼吸は浅く、頬は赤い。
その唇が、
ほんのわずかに動いた。
「……か……」
かすれた声。
息のような、言葉のような。
叶多は思わず身を寄せる。
「美桜……?」
もう一度、唇が震えた。
「……か……なた……?」
胸の奥が、一気に熱くなる。
呼ばれた。
自分の名前を。
意識があるのかどうかもわからない。
でも確かに——
美桜は“叶多”を呼んだ。
「……覚えてるのか……」
自分でも驚くほど、声が震えていた。
美桜は答えない。
ただ、力なく寄りかかってくる。
その重さが、
叶多の心を一瞬で決壊させた。
——守らなきゃ。
考えるより先に、
叶多は美桜の肩を抱き寄せた。
「美桜、病院に行こう。
大丈夫だから……俺がいる」
自分に言い聞かせるように呟きながら、
タクシーの通る通りへ向かう。
腕の中の美桜は熱く、
その熱が叶多の胸にまで伝わってくる。
タクシーを止め、
後部座席にそっと乗せる。
運転手が振り返る。
「どちらまで?」
迷いはなかった。
「一番近い救急のある病院へ。急いでください」
車が動き出す。
隣で、美桜は浅い呼吸を繰り返している。
その横顔を見つめながら、
叶多は胸の奥で静かに呟いた。
覚えていてくれたんだな……俺のこと。
それだけで、
どうしようもなく胸が熱くなる。
でも同時に、
別の不安が胸を締めつけた。
——俺のこと、ちゃんと覚えてるのか?
——あの声は、意識があったのか?
——それとも……ただの偶然か?
答えはわからない。
だけど、
名前を呼ばれた瞬間の震えは、
まだ胸の奥に残っていた。
タクシーは夜の街を走り抜ける。
叶多は、美桜の手が震えていないか確かめるように、
そっとその指先に触れた。
熱い。
でも、離したくなかった。
絶対に、田島には渡さない。
絶対に、ひとりにしない。
その想いだけが、
今の叶多を支えていた。




