覚悟
午後の役員会議室は、
いつもより空気が重かった。
長いテーブルの両端に並ぶ役員たち。
資料をめくる音すら、妙に大きく響く。
叶多は席に着きながら、
胸の奥の熱が静かに広がっていくのを感じていた。
昨夜、父に言われた言葉。
——次期社長に指名する。
まだ正式な発表ではない。
だが、今日の役員会で何かが動く。
そんな確信があった。
やがて扉が開き、
社長である父が入ってきた。
その瞬間、
空気が一段と張りつめる。
父は席につくと、
ゆっくりと視線を巡らせた。
「本日の議題に入る前に、
皆に伝えておきたいことがある」
役員たちの背筋がわずかに伸びる。
叶多の心臓が、
ひとつ強く脈打った。
父は続けた。
「会社の未来を考える時期に来ている。
私も、そろそろ次の世代へと
バトンを渡す準備を始めるつもりだ」
ざわり、と空気が揺れた。
誰も声を出さない。
だが、全員が次の言葉を待っている。
父は一拍置き、
叶多のほうへ視線を向けた。
「次期社長候補として、
叶多を指名する」
その言葉が落ちた瞬間、
会議室の空気が変わった。
驚き、納得、期待、緊張——
さまざまな感情が混ざり合い、
沈黙の中で渦を巻く。
叶多は静かに息を吸った。
胸の奥で、
10年積み上げてきたものが
音を立てて形になるのを感じた。
美桜に見合う男になりたくて、
がむしゃらに働いた日々。
肩書きも、実績も、
全部積み上げてきた。
その先に、
“次期社長” という現実が置かれた。
父の声が続く。
「叶多は若いが、
実績もある。
何より——覚悟がある」
覚悟。
その言葉が胸に落ちた。
美桜の横顔を見て燃え上がった黒い熱。
あれは嫉妬ではなく、
ずっと抱えてきた願いだった。
——胸を張れる男になりたい。
その願いが、
今、現実になろうとしている。
役員たちの視線が集まる中、
叶多はゆっくりと立ち上がった。
「……身に余るお言葉です。
ですが、
この会社の未来のために、
全力を尽くす覚悟はあります」
声は震えていなかった。
胸の奥の熱が、
静かに、確かに支えていた。
父が小さく頷く。
その瞬間、
叶多の人生が静かに動き出した。




