胸を張れる日
父に「次期社長に指名する」と言われたあと、
叶多はしばらく社長室を出られなかった。
重圧というより、
胸の奥に静かに広がる熱のせいだった。
美桜に見合う男になりたくて、
がむしゃらに働いた。
肩書きも、実績も、
全部積み上げてきた。
その先に、
“次期社長” という言葉が置かれた。
エレベーターで自分のフロアに戻る途中、
ガラスに映る自分の姿を見つめる。
昨夜の光景が、
また胸の奥で疼いた。
美桜の照れた笑顔。
指先で唇に触れた仕草。
照明に照らされた横顔。
俺なら、もっと大切にするのに。
その想いは、
嫉妬ではなく、
ずっと前から抱えていた願いだった。
デスクに戻っても、
書類に目が落ちない。
父の言葉が頭の中で反芻される。
「お前を次期社長に指名する」
胸の奥で、
何かが静かに形を変えていく。
——これで、胸を張れる。
美桜に対して。
10年前の自分に対して。
あのタイムカプセルに込めた想いに対して。
「好きです」は俺が書いた。
ずっと言えなかったけど、
今なら言える。
そう思った瞬間、
胸の奥の黒い熱が、
別の色に変わった気がした。
嫉妬でも、焦りでもない。
ただ、
“会いに行きたい” という真っ直ぐな気持ち。
正々堂々と。
逃げずに。
誤魔化さずに。
美桜に会いに行こう。
あの言葉を、ちゃんと自分の口で伝えよう。
叶多はゆっくりと息を吸い、
デスクの上の書類を閉じた。
決意は、
もう揺らがなかった。




