継ぐということ
昨夜の熱がまだ胸の奥に残っていた。
二人を見失ったあの瞬間から、
心のどこかがずっとざわついている。
眠れないまま朝を迎え、
会社に入った途端、秘書が駆け寄ってきた。
「叶多さん、社長室へ。
……すぐに、とのことです」
胸の奥が静かに揺れた。
父に呼ばれる理由は、いつだって重い。
エレベーターの鏡に映る自分の顔は、
ひどく疲れていた。
昨夜の光景が、
何度も何度も頭の中で反芻される。
その黒い熱を抱えたまま、
社長室の扉をノックした。
「入れ」
父の声は低く、重い。
書類を閉じ、
叶多をまっすぐ見た。
「叶多。
そろそろ……後継者を決めようと思っている」
一瞬、呼吸が止まった。
「……後継者?」
「お前を指名するつもりだ。
次の社長として」
静かな声だった。
だが、その言葉は
胸の奥に深く沈んだ。
10年間。
美桜に見合う男になりたくて、
必死に努力してきた。
仕事も、立場も、
全部積み上げてきた。
その先に、
“次期社長” という言葉が置かれた。
父は続けた。
「お前ならできる。
会社を任せられるのは、お前しかいない」
叶多はゆっくりと息を吸った。
胸の奥で燃え続ける黒い熱が、
別の形に変わっていく。
美桜に見合う男になりたかった。
そのためにここまで来た。
そして今、
名実ともに “そうなれる” と告げられた。
なのに——
何故か心が落ち着かないのはなんでだろう。




