俺ならこんな風にしない
田島の軽い声が、
照明の落ちたバーの空気に溶けていく。
美桜は照れたように笑って、
指先で唇に触れた。
その仕草が、
胸の奥をじわりと締めつける。
田島は美桜の手を軽く握り、
唇の近くを指で示しながら言った。
「今日のリップ、新色?
俺のために可愛くしてきてくれた?
……嬉しいよ」
その言葉が、
彼の胸の奥に鋭く突き刺さる。
——俺なら、そんな言い方しない。
——俺なら、もっと大切にするのに。
でも、声にはならない。
ただ、
胸の奥で黒い熱が膨れ上がっていく。
照明が揺れるたび、
美桜の横顔がきれいに見える。
その光が、彼の心臓を焼く。
見たくない。
でも、目が離せない。
田島が笑う。
美桜が少しだけ笑い返す。
その距離の近さが、
彼の呼吸を奪う。
——俺なら。
——俺なら。
——俺なら……。
その言葉が胸の奥で反響し続ける。
やがて二人は席を立ち、
並んでバーを出ていった。
田島が軽く手を添え、
美桜が小さく会釈する。
その背中が見えなくなるまで、
彼はただ座っていた。
立ち上がろうとした瞬間、
足が動かなかった。
見たくないのに、
目が離せなかった。
二人が店を出て、
もう姿がどこにもないのに、
彼はしばらく動けなかった。




