最低な男と付き合う美桜
田島が同僚に話していた
「残業終わりにエントランスで待ち合わせ」
という言葉が、彼の頭から離れなかった。
気づけば、
彼は田島の後をつけていた。
ビルの柱の影に身を潜め、
エントランスを見つめる。
田島はすでに来ていた。
スーツのポケットに片手を突っ込み、
スマホを耳に当てている。
「だから今日は無理だって、あかり。
うんうん、拗ねんなよ〜。
今度なんか買いに行こうな?
良さそうな店も探しとくからさ。
機嫌直せって、あかりちゃん~」
語尾にハートが浮かぶような甘い声。
美桜には絶対に向けない種類の甘さ。
電話の相手は、美桜ではない。
——他の女。
胸の奥が、じわりと熱くなる。
通話を切った田島は、
ため息をつきながらスマホを見下ろした。
「美桜、遅いな……まあ、暇つぶしにはなったし」
その言葉に、
彼の拳が強く握られた。
爪が皮膚に食い込む痛みだけが、
かろうじて理性を繋ぎ止めている。
数分後。
エントランスの自動ドアが開き、
ひとりの女性が小走りで出てきた。
黒髪を後ろでまとめ、
疲れた表情の中に
仕事をやり切った人間の凛とした気配がある。
——美桜。
10年ぶりに見る横顔。
歩き方も、仕草も、
全部が記憶の中の彼女と同じだった。
胸が締めつけられる。
田島が手を振る。
「おーい、美桜。遅かったじゃん」
「ごめん、トラブルがあって……」
息を整えながら笑う美桜。
その瞬間だった。
田島が、
何のためらいもなく
美桜の肩を抱いた。
彼の視界が一瞬、白くなる。
——触るな。
心の奥底から、
言葉にならない叫びが込み上げる。
10年前。
文化祭の準備で、
彼女が落とした“MM”の刺繍入りのハンカチ。
真面目で、優しくて、
誰よりも努力家だった美桜。
その美桜が、
よりによって田島なんかと。
女にだらしなく、
本命が別にいて、
さっきまであかりちゃんと甘い声で話していた男と。
ありえない。
許せない。
そんな言葉じゃ足りない。
胸の奥で、
焼けつくようなどす黒い熱が一気に噴き上がる。
どうして田島なんかが、美桜に触れている。
どうしてあいつが、彼女の笑顔を見ている。
どうして——俺じゃない。
理性なんて、
もう形を保っていなかった。
もし本当にヤツと付き合っているなら、絶対に引き剥がす。
美桜の隣に立つのは、俺じゃなきゃおかしい。
奪われたままでいられるわけがない。
影に潜んだまま、
彼は息を殺し、
狂おしいほどの嫉妬を胸に、
二人の姿を焼き付けるように見つめ続けた。




