自分では探せない名前
午前中の会議が終わったあと、
彼はデスクに戻りながら、
さっき聞いた名前が頭から離れなかった。
——美桜。
偶然だ。
偶然であってほしい。
でも、胸の奥のざわつきは消えない。
気づけば、
PCの検索窓を開いていた。
「美桜 28」
「美桜 苗字」
「美桜 同窓会」
「美桜 関東」
何を調べているのか、
自分でもわかっているようで、わかっていない。
Enterを押すたびに、
画面には関係のない情報ばかりが並ぶ。
——出てこない。
SNSもやっていない。
同窓会にも来ていない。
消息がまるで掴めない。
「……くそ」
椅子にもたれ、
額に手を当てる。
知りたいのに、
何もわからない。
10年前の制服姿の彼女だけが、
鮮明に脳裏に浮かぶ。
そんなときだった。
「部長、すみません。資料これで大丈夫ですか?」
田島が書類を持って近づいてきた。
「……ああ」
受け取ろうとした瞬間、
田島のスマホが震え、
画面が光った。
そこに表示された名前。
『美桜』
心臓が、
一瞬止まったように感じた。
どうして——
俺がどれだけ探しても出てこない名前が、
こいつのスマホには簡単に表示されるんだ。
田島は気づかず、
スマホをポケットに戻す。
「じゃ、午後もよろしくお願いします」
軽い声。
軽い足取り。
彼は書類を持ったまま、
しばらく動けなかった。
胸の奥が、
じわりと熱くなる。
偶然だ。
偶然であってほしい。
でも——
もし本当に“あの彼女”なら。
もし、
田島みたいな男と関わっているのだとしたら。
「……ありえない」
声が低く漏れた。
10年前にはなかった、
くすんだ感情が胸の奥で静かに膨らんでいく。
探しても出てこない名前。
なのに、
田島のスマホには簡単に出てくる名前。
その事実が、
彼の心をさらに黒く染めていった。




