奇跡のような一瞬
会社を出る前、
スマホを握りしめたまま、
しばらく動けなかった。
(どう送ればいい……?)
“会いたい”
その一言で十分なはずなのに、
いざ美桜に送ろうとすると、
言葉がうまく形にならなかった。
打っては消して、
また打っては消して。
「少し話せる?」
──説明っぽい。違う。
「今日、時間ある?」
──他の誰かでもいいみたいで嫌だ。
「会いたい」
──重い。負担をかけたくない。
(……違う。
俺は、美桜に“俺を選んでほしい”んだ。)
「俺じゃだめか?」
なんて弱腰に言ったこともあった。
でも本音は違う。
誰かの代わりじゃなく、
穴埋めでも、慰めでも、偶然でもなく。
美桜が選ぶ未来に、
俺がいたい。
その気持ちだけは、
10年前から一度も揺れたことがない。
だから──
説明も、理由も、遠回しもいらない。
(……シンプルでいい。)
覚悟を決めて、一行だけ打った。
「美桜、今から会える?」
返事を待ちながら
エントランスを通ろうとしたとき、
視界の端で誰かが座っているのが見えた。
ゆっくり顔を向ける。
え?
息が止まった。
美桜だった。
スマホを握りしめて、
少し不安そうな表情で。
(……なんでここに?
俺、会社にいるなんて言ったっけ?)
メッセージを見て
すぐ来られる距離じゃない。
偶然にしては出来すぎている。
でも──
そんな理由はどうでもよかった。
(会いたいと思ったら……会えた。)
胸の奥が強く跳ねた。
奇跡みたいだと思った。
美桜がこちらを見て、
ほんの少しだけ口角を上げた。
その笑顔を見た瞬間、
迷いが全部消えた。
(美桜。
“俺を選んでほしい”って、
今はちゃんと言える。)
これから
その覚悟を伝える時間になる気がした。




