陽の闇
家に着くと、
玄関の灯りが自動で点いた。
広い家。
無駄に広い廊下。
誰もいない静けさ。
慣れているはずなのに、
今日はやけに音が響いた。
自室のドアを閉めると、
ようやく息が抜けた。
制服のポケットから、
薄いクリーム色のハンカチを取り出す。
端に縫い込まれたイニシャル。
丁寧な縫い目。
派手じゃないのに、
妙に目を引く。
返せなかった。
声をかけるタイミングも、
結局つかめなかった。
机の引き出しを開けて、
そっと入れる。
——直してくれたのに、
何も言えなかった。
その事実だけが、
妙に指先に残っていた。
「直しといたよ」なんて
見返りを求める言葉を一つも置かずに、
ただ黙って去っていった。
そんな人、
いつぶりだろう。
彼の周りに集まる人たちは、
みんな何かを期待していた。
笑顔。
助け。
肩書き。
家。
親。
「社長の息子」という肩書きは、
便利で、
重くて、
逃げ場がなかった。
陽でいることは、
ほとんど義務みたいなものだった。
でも——
今日、校舎裏で見た後ろ姿は違った。
ただ、
壊れた看板を直して、
何も言わずに去っていった。
見返りなんて、
最初から求めていないみたいに。
その無償の気配が、
じわりと心のどこかに染みていく。
ベッドに倒れ込んで、
天井を見上げる。
目を閉じても、
あの後ろ姿だけが残った。
眠気が来ない。
理由はうまく掴めないまま、
ただ静かに夜が深くなっていった。




