二人の出会いとブイヨンスープ
「………………、んはッッ!?」
意識を失っていたツバキは目を見開き、勢いをつけて起き上がる。
「ん、んぅ……?私は、なぜ……」
まだ意識は朧気だが、自分が意識を失うまでのことを、ツバキは覚えていた。
タルタロスの道中で空腹と疲労に襲われて倒れたはず……なのに。仰向けに横たわった身体には古布がかかり、下には敷布団がわりのゴザが敷かれていた。
そして何より、横たわった身の周りを頑丈な布が垂れ下がっている。タルタロス内で休憩所の代わりとなる、探索者用簡易テントの内装だ。
「おっ、ようやく起きたか。女剣士さん」
声がしたので振り向くと、椅子に腰掛けた成人男性が笑顔を向けてきていた。そしてその足元には、火がついた簡易コンロにかけられた鍋が、コトコトと心地いい音を立てている。
「あなたは……」
「俺か?俺の名はリューマ。タルタロスを流離う料理人さ、よろしくな。アンタは?」
「わ、私の名はツバキ。女剣士の称号を得ている」
「おぉ、ツバキか。いい名前だな」
自己紹介を終えたリューマは、朗らかな表情で手に持った鍋を複数回揺らす。
「アンタ、さっきそこで倒れてたんだぜ。だから俺がこの安全地帯まで引っ張ってきて、簡易テントを建てて休ませていた」
「!す、すまない。何と礼を言ったらよいか……」
「その礼を言うのは、まだ早いと思うぜ」
「え?」
ツバキが首を傾げた、それと同時に……
ぐぅぅぅうう……!!
「ゥッ……!?」
腹の底から一際大きな低音が鳴り響き、ツバキは一瞬にして顔を真っ赤にさせる。
「あっはっは!いい鳴らしっぷりだなぁ。俺も最初聞いたときは、ミノタウロスの唸り声かと思ったぜ」
「ぐぅう……!す、すまない、助けてもらったうえに、こんな醜態までも……!!」
「気に病むこたねぇ。それに、俺がアンタを引っ張ってきたのは、その為だしな」
リューマはそう言って、コンロのうえでコトコトと鳴る鍋の蓋をぱかっと開ける。
もわっ……!
「ッ……!?」
と同時に、美味しそうな匂いをまとった湯気がテント内を満たし、それに驚いたツバキは一瞬で口腔内に溜まった唾をゴクリと飲み込む。
「美味そうな匂いだろ?コイツは牛骨を煮詰めたブイヨンに、干し豆ともち麦を足した簡単なスープだ。ほら、食えよ」
リューマは用意した木の器にスープをよそい、ツバキの前に出す。
「そんな……!命まで助けてもらったうえに、一飯の恩まで……!」
「んぁ?んな水臭ぇこと言うなよ。腹をすかせた人間に飯を振る舞うのが、俺たち料理人の仕事だろうが」
わざとらしく顔をしかめたリューマがスープが入った器をつき出し、それを受け取ったツバキは戸惑いつつも喉を鳴らす。
美味しそうな薫香をまとった湯気、ゆったりと揺らめくスープ、その中で揺蕩う具材たち……再び腹が鳴るのが早いか、ツバキは器に勢いよく口をつけた。
「ずずっ……!んぐっ、んごくっ……!」
スープを豪快に啜り、頬に溜めた具材たちを咀嚼する。
ブイヨンの凝縮された旨味、ゴロゴロと転がる豆の素朴な味わい、もち麦のモチモチとした食感……押し寄せる味の波濤に目尻を滲ませつつ、ツバキはスープをひと思いに完食する。
「ぷはぁ……ッ!」
具材一粒残すことなく食べきったあと、ツバキは満足した表情で天を仰ぐ。空腹であった彼女にとっては甲乙つけることすら失礼な、まさに最高のスープであった。
「っはは。いい食べっぷりだねぇ」
「あぁ……紛うことなく馳走でありました。有難き幸せでございます」
空の器を置いたツバキは床に握り拳を置き、リューマに対して深々と頭を下げた。
「よせやい。俺にできることをしただけだって」
「そんな事はありませぬ。この一飯の恩、決して忘れることはございません」
腹を満たし生気を取り戻したツバキから真っ直ぐな眼差しを向けられたリューマは、照れ臭そうにポリポリと頬を掻く。
「でもまぁ、それだけじゃ足んねぇだろ。ほら、器よこしな。もっと食え食え」
「ッんな!一度ならず、おかわりまでも…!?いッいけませぬ、それ以上の施しは身に余ります」
謙遜するツバキはブンブンと両手を振る……が。
ぐぅぅうぅぅう……!
一度スープを味わった胃袋は、『もっと寄越せ』と催促するかのように、盛大に唸り声を響かせる。
「ッッ……ぐ、ぅう……!!」
「あっはっは!どうやら身体の方が正直みたいだな。元々一人分の食材しか用意してないんだ。遠慮せずにもっと食え!」
羞恥によって顔を真っ赤にしたツバキは、満面の笑みを浮かべたリューマから二杯目のスープを受け取るのだった。




